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安倍晋三・元首相が奈良市で銃撃され死亡した事件の裁判員裁判で、妻の昭恵さんが被害者参加制度を利用することが関係者の取材でわかった。本人は出廷せず、代理人が法廷で心情を記した書面を読み上げる見通しだ。初公判は2025年10月28日。重大事件で被害者の声がどう届くのか、制度のあり方が問われる局面となる。
静かな祈りから法廷へ、妻が選んだ「参加」の形
事件発生から3年の節目を迎えたこの夏、山口県長門市の墓前で静かに手を合わせる昭恵さんの姿があった。言葉少なに祈るその背中には、喪失の重みと向き合い続ける時間がにじむ。公判では警備の事情などを踏まえ、本人は法廷に立たず、代理人が書面を読み上げる方法が選ばれたとされる。直接の対峙を避けながらも、遺族としての思いを公判に届ける道筋を探った選択と映る。
昭恵さんは9月下旬に大阪市内で開かれた再犯防止の催しに参加し、恨みの感情は抱き続けたくない旨を語ったという。激しい分断の言葉が飛び交う空気の中で、遺族の一言は静かに広がった。こうした心の内が、法廷では書面の文として結ばれ、淡々と読み上げられる見通しだ。声の温度を持たない文言であっても、言葉の選択や行間に、喪失と向き合う時間が刻まれるとみられる。
公判で読み上げられる文章が、量刑判断にどこまで影響するかは断じがたい。ただ、社会が共有した痛みと向き合う場に、当事者の視点が差し込まれる意味は小さくない。被害者の言葉が証拠主義とどう交差するのか。裁判員が言葉の重さをどう受け止めるのか。法廷の空気は、傍聴席のざわめきよりも、慎重なまなざしの重なりで決まっていくはずだ。
被害者参加制度は何を可能にするのか
被害者参加制度は、一定の重大事件で、被害者や遺族が裁判所の許可を得て公判に関与できる仕組みである。被告人への質問や、量刑に関する意見を述べる機会が認められ、被害の実相や社会的影響を審理に結びつける。導入以降、刑事司法に当事者の視点を織り込む役割を担ってきた制度だが、運用には繊細な判断が伴う。
制度の枠組みでは、法廷で心情や意見を述べる手続が用意され、審理の状況などによっては、陳述に代えて意見を書面で提出する扱いもありうる。資力が乏しい場合には、国選の被害者参加弁護士が選定され、費用を国が負担する道も開かれている。傍聴の優先配慮や事件記録の閲覧・コピーといった支援も整備され、負荷の大きい刑事手続に寄り添う仕立てが積み上がっている。
一方で、求刑への意見や被告人への質問が、証拠評価に過度な影響を及ぼさないよう、審理の秩序をどう保つかが常に問われる。制度は「語る権利」の扉を開くが、判決はあくまで証拠に導かれるべきだ。今回の公判でも、遺族の思いをどう位置づけるか、裁判官と裁判員が慎重に線を引き、バランスを探る時間が続くとみられる。
長丁場の審理日程と社会の視線
裁判員裁判の初公判は2025年10月28日に開かれる予定で、審理は最大で全19回を見込む日程が関係者の間で共有されている。12月18日に結審し、判決は翌年1月21日に言い渡される見通しだ。年をまたぐ長丁場の構えが示され、公判の節目ごとに社会の注目が集まる展開が続くとみられる。傍聴も抽選になる可能性が高く、法廷の外にまで視線の熱が広がっていく。
被告は2022年7月8日、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で行われていた参院選の応援演説中の安倍氏を、手製の銃で銃撃して殺害したとして起訴されている。事件の経緯は広く知られるが、法廷では動機の背景や準備過程、入手・製作の実態など、時間をかけて証拠に照らし直される。統一教会問題をめぐる社会的な議論とも重なり、審理の一言一句に反応が生まれる構図が浮かぶ。
制度の扉は、遺族の思いを司法の文脈へ運ぶ。しかし、それは感情を判決へ直結させる装置ではない。静かな言葉が、裁判員の常識や社会の価値観とどう交わるか。法廷という限られた空間で、社会がどのように痛みと向き合うのかが問われている。書面の読み上げという選択の向こうに、当事者の時間と、制度が育ててきた慎みの文化が見えてくる。
