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ペン先が並び、アテネの会議室で合意文書が交わされた。2025年11月16日、ギリシャのDEPAとウクライナのナフトガスが、米国産LNGの供給で合意した。ロシアの攻撃で傷ついた電力網を冬に守るため、ギリシャの港とパイプラインを北へつなぐ決断である。欧州歴訪を始めたゼレンスキー大統領の訪問に合わせた発表で、米国大使も立ち会った。
署名の狙いと冬への備え
発表はミツォタキス首相とゼレンスキー大統領の会談後に行われ、国家間の政治対話と企業契約が同じテーブルで進んだことを映す。合意は米国産LNGをギリシャに受け入れ、既存のパイプラインでウクライナへと運ぶ枠組みだ。開始時期は早ければ12月とされ、両首脳は「厳しい冬のさなかに支援が可能になる」と語った。被害が続く発電設備の穴を、輸入ガスで迅速に埋める狙いがにじむ。
署名式には米国のギルフォイル駐ギリシャ大使が同席し、ワシントンの後押しを印象づけた。ゼレンスキー氏は、火力や鉱山、送配電網の被害に触れつつ「国内生産の減少を補う即効策が必要だ」と強調した。ギリシャ側は、自国を「エネルギー安全保障の提供者」と位置づけ、域内の調達経路を多様化する意義を掲げる。個別の供給だけでなく、地域の連結性を高めること自体を成果とする姿勢だ。
今回の動きは、欧州がロシア産ガス依存から距離を取ろうとしてきた流れとも重なる。ギリシャにとっては、港湾とガス網を活かした「通過国」から「結節点」への転換を確かめる機会になる。冬季の安定供給という即時課題と、エネルギー地図の書き換えという中長期の目標。その2つの時間軸が、アテネの署名で重なった。
動き出す「縦の回廊」と残るボトルネック
ガスはギリシャの受入基地から、ブルガリア、ルーマニア、モルドバを経てウクライナへ北上する。関係国の系統を縦につなぐことから「バーティカル・コリドー」と呼ばれ、LNG（液化天然ガス）を内陸へ届ける新しい動脈だ。今冬の運用を視野に、ギリシャは受入基地の活用と越境輸送の枠確保を進めてきた。契約は、このルートを通す具体的なガスに初めて肉付けを与える。
一方で、送出能力や圧縮設備の制約は残る。主要受入基地の稼働には余力があるが、北向きの輸送では系統の混雑や設備能力がボトルネックになりやすい。ギリシャのガス網は近年拡充が進むものの、地点ごとの能力差や保守の計画が流量に影響しうる。市場環境によっては、希薄化する差益が流入量を鈍らせる局面もある。合意が運びの道を拓いた半面、物理と価格の壁を越える運用の工夫が問われる。
それでも、南の港から東欧内陸へ至る経路が実際に動き出す意味は小さくない。輸送が途切れず回り続ければ、ウクライナの備蓄と需要の呼吸が整い、発電燃料の確保が読みやすくなる。到着のタイミングや流量の微調整が利けば、攻撃で変動する需給にも応じやすい。新しいルートに流れを乗せ、冬を越すための「運べる道」を太くすることが、合意の核心である。
広がる地政学の含意
ギルフォイル大使の同席は、米国がギリシャ経由で東欧へのLNG供給を厚くする狙いと響き合う。ギリシャの受入基地と港湾は、米国産ガスの欧州展開における前線となりつつある。域内の安全保障や産業競争力を支えるエネルギーの流れを、政治・金融・規制の各層で支える動きが増えれば、スポット頼みの脆さは徐々に和らぐはずだ。
EUでもロシア産LNGの扱いを巡る見直しが進み、27年以降の段階的縮小に向けた議論が加速している。ギリシャの役割は、代替の受け皿を提供し、周辺国の系統を束ねることにある。今回の契約はその試金石であり、冬の需要期を越えても続く“つながり”を地域に刻む。港に入るタンカーの汽笛の先に、静かだが確かな再配置が見えてくる。
