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救急車のサイレンが遠のいたホスピスで、DNA二重らせんの共同発見者ジェイムズ・ワトソン氏が2025年11月7日、97歳で息を引き取った。長く在籍した研究所が死去を確認し、分子生物学の土台を築いた研究者の旅路は静かに幕を下ろした。
二重らせんが変えた研究と社会
1953年、若き日のワトソン氏はフランシス・クリック氏とともにDNAの二重らせん構造を示し、遺伝情報がどのように複製され伝わるのかという根源的な謎に道筋をつけた。構造という「形」が、遺伝という「働き」を解く鍵になることを直感させ、教科書の記述から臨床の設計図に至るまで、生物学の視界を一変させたのである。
その後の研究は、遺伝病の診断、がんの分子理解、法科学や系譜調査にまで広がった。1962年にはクリック氏、モーリス・ウィルキンス氏とともに生理学・医学賞を共同受賞し、世紀を代表する発見として歴史に刻まれた。栄誉は個人に帰したが、研究室、学会、出版、教育の網の目が織りなす共同作業が背景にあったことも忘れがたい。
焦点の写真と、協働のほころび
分子模型が形を帯びる過程には、ロザリンド・フランクリン氏のX線回折像が決定的な手がかりとして横たわっていた。キングス・カレッジで撮影された高解像度の像は同僚経由で共有され、当人の知らぬうちに用いられたと報じられてきた。発見の速度を競う研究文化の中で、データの扱いと評価の公正さをめぐる論争は長く尾を引いた。
のちにワトソン氏自身も回想録や講演で率直な語り口を続け、功績と表現が交錯する人物像ができあがった。科学は検証に開かれているが、人の関係はしばしば脆い。写真1枚の見落としが、発見の祝祭に影を落としたことは、研究の現場が抱える緊張の普遍性を静かに物語っている。
栄光の後に残した課題と、育てた場所
晩年、同氏は人種や性別に関する発言で厳しい批判を浴び、2000年代以降に職務や称号の剥奪につながった。研究成果と発言の落差は大きく、科学界の信頼は損なわれたが、その過程で「科学の権威」と「社会の規範」をどう結び直すかという問いが改めて浮かび上がった。研究者の言葉は、成果と同じ重さで見られる時代に入っている。
一方で、同氏が長年率いたコールド・スプリング・ハーバー研究所は、会議やコース、出版を拡充し、若手が集う拠点へと姿を変えた。研究領域の選定と資金調達、教育の場づくりに注いだ手腕は、いまも施設の制度や文化に刻まれている。研究所は追悼文で功と責任の双方に触れ、長い関与が残した景色を淡々と記した。
遺伝子地図の作成を押し進めた世代の旗手は去った。残されたのは、形を見抜く洞察が社会とどう折り合うかという難題である。論争を抱えたままでも、データと議論を積み重ねる営みは続く。研究所の廊下に並ぶ写真の列は、発見のまばゆさと、その背後の静かな葛藤を等しく示している。
