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農林水産省で空気が変わった。2025年10月23日、鈴木憲和農林水産相が報道各社のインタビューで、石破政権のコメ増産方針に「生産現場は大きな戸惑い」と語り、需要に応じた生産へ軸足を移す考えをにじませた。コメ価格への直接関与から距離を置き、備蓄米の扱いも不足時対応へ見直す構図が浮かぶ。
現場の戸惑い、方針転換のサイン
23日午後、同省で応じた一連のインタビューで、鈴木氏は「増産を続ければ来年はコメ余りで米価が暴落するのではと農家は心配している」と述べた。作付けの判断が早い稲作では、ひとつの方針が現場に波紋を広げやすい。大臣の口ぶりからは、過度な増産を抑えたい意図がにじむと映る。
「需要に応じた生産」を基本に据えると強調し、「来年の需要をいきなり伸ばすことは難しい」との見立ても示した。昨夏の「令和の米騒動」を経て、価格の乱高下に疲弊した流通と消費の記憶は新しい。供給が需要を上回る事態は避けるべきだという、落ち着いた危機感が現場に共有されつつある。
背景には、前政権下で掲げられた増産路線がある。大臣は「どのように書くかは任せるが、基本は需要に応じた生産だ」と繰り返し、現場が先を見通せる農政を志向する姿勢を示した。22日の就任会見でも同趣旨を明言しており、短期間で一貫したメッセージが発せられた格好である。
価格は市場、備蓄は不足時に
コメ価格について、鈴木氏は「マーケットで決まるもので、政府はコミットしない」と述べた。価格水準に言及した前首相や、価格の高さを公に問題視した前農水相の発言と比べれば、明確に距離を取る構図である。価格目標を掲げるよりも、需給のかじ取りで安定を図る発想が色濃い。
備蓄米の扱いも変わる。前政権期は随意契約での備蓄放出が価格抑制策の柱となったが、鈴木氏は「不足時に放出する」原則へ回帰する考えを示した。流通現場に届くまで時間がかかった反省に触れ、官と民の役割を見直す含みも残した。価格操作ではなく、欠配防止の安全網を整えるということだ。
その象徴として、前農水相の下で発足した「コメ対策チーム」は年内にも解散するという。施策の主眼を価格介入から需給調整へ移し、政策の足場を組み替える判断である。急場をしのぐ仕組みを畳みつつ、平時の運用を整える。過度な期待と失望の振れ幅を小さくする狙いが透けて見える。
中長期の描き方と次の一手
一方で、鈴木氏は輸出拡大などにより「中長期に増産へ向かう世界が実現していく」とも語った。目先は増産一辺倒を避けつつ、海外需要や高付加価値の開拓で生産基盤を広げる構想である。22日の就任会見でも、需要に応じた生産と輸出産地の育成を両立させる方針を示しており、視線は二段構えだ。
当面の焦点は、来年産の生産目安である。現時点で確認されている範囲では、需給バランスを崩さない水準へ誘導する姿勢が明確だ。作付け調整のシグナルを早く、わかりやすく出せるか。「猫の目農政」からの決別を掲げる以上、現場の判断に間に合うタイミングと一貫性が問われる。
価格目標の是非をめぐった議論は、需給の設計へと重心を移しつつある。短期は過熱を冷ます調整、長期は外需と付加価値で土台を広げるという組み立てだ。インタビューが示したのは、介入から設計へという静かな転回である。収入と安定をどう両立させるか、実装の巧拙が試されていく。
