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透明化したマウスの脳をライトシート顕微鏡が静かに走査し、記録は脈のような高まりを描いた。東京大の上田泰己教授らが、独自技術CUBIC(臓器を透明化して3次元化する手法)で脳全体の神経活動を解析し、約8割の領域に1日周期のリズムを見いだした。論文は2025年11月14日、米科学誌サイエンスに掲載された。脳疾患の理解や創薬に新たな地図を与える成果だ。
透明化が開いた観察の道
研究チームは2014年にCUBICを開発し、臓器を化学処理で透明化して全体を1細胞解像度で撮る道を切り開いてきた。今回の解析ではその延長線上に、脳を丸ごと扱う設計思想が貫かれている。解剖学的な切り分けに頼らず、全脳の情報を偏りなく集め、領域ごとの活動の強弱を同じ物差しで比べられるようにした点が要だ。
神経活動に応答して現れるタンパク質を脳全体で染色し、四方から撮像して3次元の強度地図に再構成した。さらに2日間、4時間ごとに個体を固定して同じ手順を重ね、時間軸に沿って積み重ねる。こうして「どの場所が、いつ高まるのか」を見失わずに追える枠組みが整い、動物の行動や睡眠覚醒の揺らぎに引きずられない比較が可能になった。
電極や光学プローブで一部を詳しく測る従来手法に比べ、今回の設計は空間の全体像を先に押さえる。広く浅くではなく、全体を標準化したうえで深掘りする順序だ。特定の仮説に寄り過ぎず、脳の多様な回路が自ら示すパターンをすくい上げられる。基礎技術の積み重ねが、探索の精度を底上げしたと言える。
脳の8割が刻む“24時間のうねり”
時系列に整えた全脳データを領域ごとに検定したところ、測定した642領域のうち508領域で1日周期のリズムが現れた。体内時計の中枢として知られる視交叉上核だけでなく、広い範囲に日周性が分布する。これまで個別の回路に注目して語られてきた昼夜の切り替えが、実は脳全体の協調で成り立つ実像を帯びてきた。
同じ領域の中でもリズムの相は揃わない。記憶に関わる海馬では、夜間に活動が高まる部位と日中に高まる部位が併存した。役割の近い細胞群でも、時間をずらしてピークを分担する設計がにじむ。記銘や固定化といった過程が、同時並行ではなく微妙な時間差で編まれている可能性があると読める。
局所の一斉活動ではなく、遅れと先行が織り重なる“うねり”として働く姿が浮かぶ。ピークの位相が噛み合えば、情報の流れは詰まらず、不要な同時発火も避けられる。時間が第2の座標軸として機能し、空間配置だけでは説明しにくい効率や頑健さを支えているように映る。こうした分担は、学習や睡眠の質と結びつく余地がある。
医療と創薬への射程
上田教授は、日周リズムの乱れが目立つ疾患で脳の状態推定に役立つ可能性を指摘する。抑うつや睡眠障害では、症状の波と脳の波がずれている場面がある。今回のような全脳の時間地図があれば、どの回路の“時計”が遅れ、どこが先走るのかを相対的に捉えやすい。診断の補助や治療反応の評価に使う足場になりうる。
薬の効き目や副作用が投与時刻で変わる現象は知られている。だが、どの回路にいつ効かせるのが理にかなうかは見えにくかった。時間の位相を含む全脳マップと組み合わせれば、作用点の候補と最適な投与の窓を同時に絞れる。局所だけを強く押さえるのではなく、ズレを整える発想が副作用の抑制にもつながる。
今後は性差や加齢差、光環境や睡眠負荷といった条件で地図がどう変わるかが焦点になる。分担の妙が育つ過程と崩れる過程を同じ指標で追えれば、予防や介入のタイミングを測る基準が整う。脳の時間は静かに流れるのではなく、確かに編まれている。その編み目を読み解く作業が始まったばかりだ。