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打音が止むと、拍手がひと息だけ続いた。フィラデルフィア造幣局で、米国の1セント硬貨が最後に打ち出された。起点は今年初めの製造停止指示で、きょうはその区切りだ。流通中の硬貨は法定通貨として残るが、新規の製造は終わる。硬貨の役割と現場の調整が、これから静かに問われていく。
最後の1セントが打ち出された日
式典でハンマーを振るったのはブランドン・ビーチ財務官だ。同局でのセレモニーは「流通用としての生産終了」を告げる節目となった。造幣局は、1セント硬貨は引き続き法定通貨であり、店頭で使えることを強調した。記念・収集向けの発行は限定的に続ける方針で、長い歴史と使い勝手の折り合いを探る段階に入った。
造幣局は、長期的な需要の変化と製造コスト上昇を終了理由に挙げる。近年、1枚あたりの製造経費は3.69セントへと膨らみ、硬貨の額面を上回っていた。流通量は推計で3000億枚超に達し、実需を大きく上回る在庫が市中に滞留しているという。過去232年の歩みに区切りを付けつつも、手元の1セントが無用になるわけではない。
今年2月にトランプ大統領が停止を指示したと表明し、財務省は春に段階的な終了工程を示していた。財務省の試算では製造停止によって年5600万ドルの節減が見込まれる。現場での混乱を避けるには、在庫の吸収と精算の作法づくりが重なる移行期の運び方が鍵になる。
小売の現場が抱える戸惑い
小売各社は、店頭での会計処理に不確実性が生じると警戒する。小売業リーダーズ協会のオーステン・ジェンセン氏は、全米の多数店舗で既に1セント硬貨の調達難が顕在化し、「連邦の指針と議会の法整備が必要だ」と訴えた。制度の空白が長引けば、同じ現金決済でも店舗ごとに対応が割れ、消費者の体験はばらつきやすい。
一部の店舗は当面の措置として端数処理（キャッシュ・ラウンディング）を導入し、会計合計を最寄りの5セント単位に切り上げ・切り下げしている。現金決済にのみ適用し、電子決済は従来の1セント刻みを維持する設計が一般的だ。ただし、州法や給付制度の運用と衝突する場面が残り、例外規定やレシート表示の標準化など、細部の整理が欠かせない。
業界団体の調査では、複数の大手で大量の店舗在庫が枯渇し、当面は「顧客に有利な丸め」を優先する運用が広がるという。こうした自主対応は混乱の緩衝材になる一方、全国で足並みがそろわなければ、価格表示や釣銭管理、POS更新のコストが各社の負担となる。移行の設計図を公的に示す効果は小さくない。
コストの算盤と次の課題
財務省の説明では、1セント硬貨の打刻は額面に対して赤字が続いていた。しかも、代替として流通の負担が移る5セント硬貨も1枚あたり13.8セントのコストを要し、採算は厳しい。近年はニッケルの製造枚数を抑えて赤字幅を管理してきたが、1セント停止後に需要が移れば、節減分を相殺しかねない構図も残る。
短期的な財政効果と、流通全体の調整コストは別物だ。現金決済の比率は下がっても、日常の少額決済や慈善箱、自販機など、現金ならではの小回りは今も生活に入り込んでいる。造幣局は収集向け発行を続け、歴史をつなぐ一方で、実務面では丸めの統一ルール、レジと会計システムの改修、現金取り扱いの研修まで、地味だが重要な課題が残る。
店頭の釣銭皿に残る小さな銅色は、役割を変えながらもしばらく街に留まるはずだ。
