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診察室のモニターに、手術から10年が経った女性患者の右目の画像が映し出された。神戸市立神戸アイセンター病院の医師たちは、異常な影がないか慎重に確認する。この女性は2014年、iPS細胞から作った網膜の細胞シートを世界で初めて移植された人だ。その細胞が長い年月を経てもがん化していないと分かり、現場には安堵が広がった。
10年追跡で見えたiPS目治療の安全性
女性が抱えていたのは、物がゆがんで見え、進行すると失明に至ることもある加齢黄斑変性だった。薬の注射など既存の治療を続けても視力は0.09まで落ち、これ以上の回復は難しいと判断された。そこで理化学研究所と病院のチームは、皮膚から採った細胞をiPS細胞に変え、網膜色素上皮などに育てて長さ3mm、幅1.3mmのシートにし、右目の網膜の下へと滑り込ませた。
移植後は定期検査が続き、2023年には術後7年以上の時点でも腫瘍ができず、追加の薬物注射なしで視力0.09が保たれていると学会で報告された。観察期間がおよそ10年となった2024年11月の検査でも、網膜にがん化の兆候は見つからず、視力も大きく落ちていないという。この経過は2024年12月5日に東京で開かれる日本網膜硝子体学会で正式に発表される予定で、iPS細胞の長期安全性を裏づける貴重な症例と受け止められている。
広がる網膜再生医療と加齢黄斑変性の重さ
2014年の世界初症例を起点に、眼の分野ではiPS細胞を使った治療法の研究が加速してきた。費用と時間の負担を抑えるため、2017年以降は患者本人ではなく、あらかじめ作って備蓄した他人由来のiPS細胞から網膜の細胞を準備する方式が主流になりつつある。チームによれば、こうして作製した細胞はこれまでに少なくとも11人の患者に移植され、いずれの症例でもがん化は確認されていないという。
加齢黄斑変性は国内の失明原因の中でも上位に入り、50歳以上で約70万人の患者がいると推計されている。神戸のグループはこの病気だけでなく、網膜色素変性など他の網膜変性疾患も対象とし、2020年には視細胞シートの移植に踏み出した。その延長線上で次世代の網膜シート開発も進められている。目の再生医療に詳しい慶應義塾大学の坪田一男名誉教授は、今回の成果が多くのiPS治療研究を後押しし、治療を待つ人々の希望になると話す。
モニターに映る小さな網膜の像は、まだ視界が閉ざされていないことと、積み重ねられた10年の研究の重さを静かに物語っている。
