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刑務官が鍵束を鳴らし、定期点検に入ったのは2025年11月9日18時ごろだった。房内で動かない受刑者が次々に見つかり、最終的に31人の死亡が確認された。うち27人は「窒息」によるものとされる。朝には同じ施設で衝突が起き、混乱は1日のうちに二度、別の顔を見せた。繰り返される獄中暴力の深さと、収容の管理体制が抱える課題が、静かにあらわになった出来事である。
収容施設で何が起きたのか
発端は同日午前、沿岸部エル・オロ県のマチャラにある刑務所で起きた受刑者同士の衝突だった。当局発表では少なくとも4人が死亡し、30数人が負傷した。現場には武装した部隊が投入され、いったんは制圧に向かったが、緊張は収まらなかった。騒然とした気配は、収容棟のあちこちに残っていたという。
午後、施設側が定時の点検に入ると、別の棟で新たな異変が見つかった。複数の房内で受刑者が倒れており、のちに27人の死亡が確認された。SNAI（刑務所管理を担う政府機関）は、受刑者同士が互いに窒息させ、「吊られた状態に近い形で即時の死亡に至った」と説明した。朝の衝突とあわせ、同日の死者は31人に達した。
混乱のさなか、当局の介入では職員にも軽傷が出た。現場は封鎖され、法医学チームが身元確認と経緯の特定を進めた。施設の巡回や収容者の再点検も続けられ、夜までに状況は徐々に把握されつつあったが、房内の映像や通話の記録、簡易凶器の痕跡など、検証すべき材料は多く残った。
背景にある分裂と収容の混線
内務当局は、対立する受刑者グループの関係性が事件の背後にあると説明する。現地説明によれば、主要組織ロス・ロボスと、その分派とされる受刑者の間で緊張が高まっていたという。もともと同じ系列に属していたが、運営をめぐる争いから分裂し、敵対関係に移ったという筋書きだ。組織の断絶が進む一方で、収容配置の見直しは追いついていなかった可能性がある。
敵対関係にある受刑者が同じ房で暮らしていた理由は、分類や移送の遅れだけでは説明しきれない。収容側が把握する情報と、獄中で変化するネットワークのずれが生じやすい。房単位の相互監視の構造や、非公式な序列の更新は、外部の目からは見えにくい。こうした「見えない線引き」の錯綜が、危機の芽を育てる土壌になっていたと映る。
さらに、当局は今回の最初の衝突について、受刑者を新設の最高警備レベルの施設へ移送する計画が刺激になったと示唆した。最高警備施設は、組織の指揮連絡を遮断し、凶悪事件の再発を防ぐ狙いの隔離型収容だ。だが移送の直前・直後は、主導権をめぐる揺さぶりが起きやすい。移送の通知時期、対象者の選定や房替えの過程など、管理の一つひとつが緊張の点火装置となりうる。
広がる影と当局の課題
エクアドルの刑務所では近年、致死的な暴力が連鎖している。9月にはエスメラルダスの施設での抗争で多数の死者が出た。公表資料では、2021年以降の獄中死は500人超に及ぶ。今回のように、同じ日に別様相の事件が重なるのも特徴だ。朝は刃や銃火器を伴う衝突、夕方は房内の密室で起こる窒息死という対比が、管理の網の粗さを映し出している。
SNAIは「当局と現場チーム、法医学の担当者が作業を続けている」と明かし、死者の経緯の検証と施設の安全確保を進める方針だ。房内の配置換えや連絡手段の遮断、移送計画の再設計は避けられない。収容者同士の相互支配を弱め、対立の火種を早期に可視化するための情報更新と、迅速な分類変更の仕組みが求められる。
今回、痕跡の少ない「窒息」が多数に用いられたことは、暴力の様式が変化している兆しでもある。可視的な外傷に依存しない手口は、監視や懲罰の網を潜る術の学習を示唆する。移送という「大きな動き」に合わせ、房単位の小さな権力が再編される。その接点で起きた惨事を踏まえれば、分類・移送・監禁の一体運用こそが、次の一手になるはずだ。
封鎖された棟では、点検の足音だけが規則正しく続いている。
