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深夜のネットワークに、誰も気づかぬほど短いが重い波が走った。毎秒ほぼ30兆ビットに達する異常なトラフィックである。犯人とされるのは、Miraiの系譜を引くボットネット「Aisuru」。米大手ISPの家庭用ルーターやカメラなどを多数抱き込み、記録を塗り替える攻撃力を示した。ゲーム向けの接続網を直撃し、周辺の一般利用にも影を落とす構図が浮かぶ。
30Tbpsに迫った一撃、その見えにくさ
2025年10月6日、Aisuruが放ったとみられるデータ洪水は29.6Tbpsに達し、わずかな秒単位で収束したとされる。計測専用の対象に向けた“見せつけ”に近い試射で、広範な障害は観測されなかったという。だが数秒の閃光が示したのは、かつてない火力である。記録の更新は静かに起き、ほとんどの利用者は知らないまま朝を迎えたと映る。
Aisuruの力は段階的に跳ね上がってきた。2025年5月に6.35Tbpsの攻撃が観測され、数日後には11Tbpsで記録が再更新された。9月下旬には22Tbpsまで上り、10月の“約30Tbps”に至った経緯がある。なお、29.6Tbpsのピークを「10月6日」と伝える報道がある一方、「10月8日」とする報道もある。現時点で確認されている範囲では、測定系や説明の違いが日付の揺れを生んでいるとみられる。
数秒の到達点は、現実の被害よりも“能力の証明”に重心があった可能性が高い。攻撃側は、受け皿の限界や観測の盲点を把握し、次の機会に備える。防御側にとっては、異常が可視化されにくい短時間の超高負荷にどう備えるかが問われる局面である。静かな更新ほど、対策の遅れを誘発しやすい。
米国ISPに広がる“火力”の源
攻撃の大半は、米国の大手ISPにぶら下がる家庭用IoT機器が吐き出していると指摘されている。AT&T、コムキャスト、ベライゾン、チャーター、Tモバイルなどの網で動くルーターや監視カメラ、DVRが多数感染し、ボット化した端末は推計30万台規模に及ぶという。初期設定や古いファームウェアのままの機器が狙われ、ネットの隙に広がっている構図だ。
問題は“外から来る”だけではない。各ISPの内部から外へ噴き出すアウトバウンドのDDoSが周辺の一般ユーザーにも影響を及ぼすと専門家は警鐘を鳴らす。受け側の防御で間に合っても、同一網内の他の通信が渋滞し、体感品質を落とす。普段は見えにくい場所で輻輳が起き、断続的な遅延や瞬断として生活圏ににじむ様相である。
余波はゲームの世界から現実の事業継続に波及した。2025年10月8日、マインクラフト向け防御を提供するTCPShieldを抱える豪Global Secure Layerが15Tbpsの直撃を受け、攻撃後には上位ISPから“これ以上は受け入れない”との通告を受けたという。標的はゲームコミュニティ周辺だが、波は広く、上流の懐の深さが試されているといえる。
ミライの影と、次に備える現実
Aisuruの基盤は2016年に流出したMiraiのコードだ。Miraiは当時、620Gbpsで記録を塗り替え、インターネットの脆さを露わにした。Aisuruはその後継として、2024年以降に勢力を加速させたとみられる。安価な機器の更新サーバー侵害を通じた悪性スクリプト配布が指摘され、感染面の拡張が続いた。土台は古く、拡散は新しいという二重写しである。
さらに2025年夏には競合ボットネットの摘発が起点となり、行き場を失った感染端末がAisuru側に取り込まれたとの見立てもある。攻撃網はDDoSだけでなく、米国の家庭回線を経由する“レジデンシャルプロキシ”としても売られ、匿名化の踏み台として使われているという。防御の相手は単一の兵器ではなく、商売として回転する“サービス”なのだ。
現場の実務は厳しい。かつてMiraiの標的になった事業者は、いまの規模に対抗するだけで月100万ドル超の回線と設備が要る段階に達したと語る。金額の重さは、いまの“桁違い”を物語る。ISPには大規模な出口側抑止と脆弱機器の一掃、機器メーカーには迅速な更新の仕組みが要る。静かな“記録更新”が、平時の備えをどこまで進められるかを試している。
