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アンタナナリボ広場に黒い服の若者と遺影が並び、銃声の記憶がざわつく。関係者の証言が相次ぎ、アンドリー・ラジョエリナ大統領が10月12日に国外へ退避したとの情報が13日に広がった。軍の一部は市民側に傾き、抗議のうねりは政権の屋台骨を軋ませている。電気と水を求める叫びは、権力の正当性を問う声へと変わったと映る。
若者が押し出したうねりと軍の離反
きっかけは9月25日、首都で繰り返された停電と断水への抗議だった。日没から明け方までの外出禁止が敷かれても、集まったのは小さなグループの若者たちで、SNSで集合地点を共有しながら動いた。路面には焼け焦げたタイヤの跡が残り、ケーブルカーの駅や店舗が損壊する場面もあった。変化の遅さに、苛立ちが濃くにじむ。
デモは政治色を帯び、合言葉は「辞任」。やがて軍内部の綻びが表面化する。10月上旬、精鋭部隊CAPSATの一部が抗議参加者への発砲を拒み、命令不服従を公然と宣言したと伝えられた。広場では追悼の歌と国旗が揺れ、若い隊列が「恐れない」と声を重ねる。治安部隊の動きは硬直し、空気の重さだけが増していった。
13日には中心部の広場に数千人規模が再び集まった。黒い喪章を胸に付けた学生が前列に立ち、手書きのカードで生活の苦しさと統治の不信を訴える。「水と電気は権利だ」という言葉が輪唱のように広がり、同調する拍手が重なる。抗議は治安対策の枠を超え、政治の更新を迫る運動へと変質したとみられる。
見えない大統領、揺れる権力
現時点で確認されている範囲では、ラジョエリナ氏は10月13日夜に国民向けの発信を準備していると報じられた。一方で、12日に国外へ退避したとの情報が複数筋から出ており、所在は明らかでない。辞任を拒む姿勢を崩していないとの証言も伝わる。大統領府は問い合わせに応じず、権力中枢の沈黙がむしろ不在の大きさを際立たせている。
一部報道は、週末に軍の一部が実質的に指揮権を握り、政権側の統制力が急速に低下したと伝えた。混乱のさなか、仏軍機による大統領の退避が行われたとの情報もある。いずれも当局の公式説明はなく、真偽の断定は避けるべきだが、首都の路上で実感される「空白」は確かだ。誰が命令系統を動かしているのか、答えは靄の中にある。
広場では「いま辞めろ」とのコールが波のように起こり、周囲を取り巻く兵士の表情は固い。CAPSATの名を呼ぶ声が上がるたび、拍手と口笛が交錯する。反対側のスピーカーからは秩序維持を求める音声が流れるが、聴衆の耳は若者のマイクへ傾く。指揮権の揺らぎが現場の動線に表れ、国家の意思決定が視界から遠のいていく。
生活の不安が土台を揺らす
島国の人口は推計で約3,000万人。都市の電力は細く、地方の蛇口からは水が途切れる。世界銀行の統計では、一人当たりの年間電力消費が2021年時点で80kWh前後に過ぎない。冷蔵庫を動かし、店の灯りを保つにはあまりに心許ない水準だ。停電と断水が日常になると、街の商いも学びも精彩を欠く。暮らしの摩耗が怒りの火種を増やしてきた。
貧困の裾野は広い。各種報道は世界銀行の推計として、国民の七割超が貧困線以下にある現実を指摘してきた。賃金は伸び悩み、食料や燃料の価格は上がる。停電が長引けば冷蔵庫の中身は無駄になり、断水は衛生を損なう。若者の将来像は霞み、就労の糸口は細い。9月の怒りは、長年積み上がった生活不安の総量が臨界点を越えた結果と映る。
「水と電気を」と叫んだ声は、やがて「説明を」「責任を」へと変わった。政権は9月末に内閣総辞職で応じ、対話を呼びかけたが、路上の熱は冷めなかった。現時点で出口は見えない。それでも、事実の確認と透明な説明、そして基本的サービスの回復こそが、最初の一歩であるはずだ。広場の風は、生きるための具体を求めている。
