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止まった端末の代わりに、現場の手が受注伝票を追う。アサヒグループホールディングスは11月13日、傘下3社の10月売上概況を公表した。9月29日のサイバー攻撃で受発注や出荷システムに障害が生じ、主力品の供給を絞りつつ手作業でつなぐ日々が続いた。数字はその揺れを映し、復旧の歩幅もにじませた。
止まったオーダー、動き出した現場
攻撃は9月29日に検知され、同社は緊急対策本部を設置した。調査でランサムウェア（身代金要求型ウイルス）による侵入が確認され、詳細は非公表のまま、国内の受発注・出荷を中心に障害が生じた。海外のシステムは影響外とされ、国内での業務継続が焦点になった。
10月7日には「Qilin」を名乗る犯罪グループが犯行声明を出し、社内文書の画像公開を示唆する報道が出た。同社は10月8日の更新で、不正なデータ流出の可能性を認識し、確認されれば関係者に通知すると説明した。影響範囲は日本で管理する資産に限られるとしている。
一方で現場は動きを取り戻しつつある。アサヒビールは10月2日に国内6工場の生産を再開し、「スーパードライ」から段階的に出荷を始めた。15日には生ビールやノンアル製品の一部も再開。受注は当面、手作業での入力と確認を続け、優先度の高い案件から処理する態勢だ。
数字が語る影響と回復の芽
11月13日の公表によれば、アサヒビールの10月売上金額は概算で前年の9割超、すなわち1割弱の減少にとどまった。10月に出荷を再開した品目は平常時の売上構成比で約8割に相当し、9月は概算で前年をわずかに上回ったとしている。絞り込みと再開の順序立てが奏功したかたちだ。
アサヒ飲料は主力に絞って10月3日から出荷を再開し、10月の売上は概算で前年の6割程度。月末週はおおむね8割まで戻したという。9月は概算で前年並み。継続的な品種拡充と物流の再編が、週を追う回復につながったとみられる。
アサヒグループ食品は10月に7割超を確保し、粉ミルクやベビーフードなど社会的ニーズの高いカテゴリーを優先出荷した。3社とも受注・出荷は手作業を併用し一部制限が残る。月次販売情報の公表は延期され、開示は「概況」に限られるが、足元の持ち直しを示す材料は増えている。
広がった波紋、棚の前の選択
供給が細ると、消費者は棚の中で代替を選ぶ。短期でも市場のシェアは揺れ、販路ごとの需給調整が続く。今回は出荷品目を絞る中で、販売の山谷が局所的に生じた。復旧を急ぐ一方で、在庫配置や受注復元の優先順位づけが各現場の判断力を問う局面になった。
事業継続計画（BCP）の要は、システム冗長化だけではない。紙や電話への切替手順、物流・出荷の迂回ルート、優先出荷の基準づくりが実装されて初めて耐性になる。粉ミルクなどの優先が機能した半面、データ復旧と業務自動化の再立ち上げ速度が次の課題として浮き彫りになった。
年末に向け需要が高まる。平常運転への回帰の速さが、失った機会と信頼の埋め戻しを左右するだろう。棚の小さな変化はしばらく続きそうだが、現場の手は端末の隣で確かな手触りを取り戻している。
