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スポーツ用品大手アシックスは11月28日、ドイツのプーマ買収に関心を持っているとの一部報道を「事実無根」と否定した。中国の安踏体育用品（アンタ）が買収を検討しているとのブルームバーグ報道の中で、アシックスも候補に挙げられたためだ。世界のスポーツブランド再編がささやかれる中、観測記事は投資家や現場に何をもたらすのか。
株価と現場に走った“買収報道”の波紋
ブルームバーグがアンタによるプーマ買収検討を報じると、プーマ株はフランクフルト市場で一時2割近く急騰し、時価総額は約30億ユーロに達した。数字だけ見れば歓迎ムードだが、社内では雇用やブランド戦略の行方を巡り、不安と期待が入り交じる。
その余波は、日本勢のアシックスにも及んだ。報道の中で「買収に関心を示す可能性がある」と名指しされると、同社には投資家からの照会が相次ぎ、ただちに全面否定コメントを公表する展開となった。ランニング専門店の担当者からは、「もし本当なら品ぞろえや販促が大きく変わるのではないか」と戸惑う声も漏れる。
一方、利用者にとっては、翌日から靴が変わるわけではないものの、中長期的には選べるブランドや価格帯に影響しうる。アンタは過去にフィラやJack Wolfskinを買収し、販路やデザインを段階的に変えてきた。今回の観測も、どのブランドがどの地域で存在感を強めるのかという不安と期待を映し出している。
アシックスとアンタ、プーマを巡る思惑の違い
そもそも、なぜプーマが買収候補として浮上しているのか。欧米メディアによれば、プーマは販売減や米国の関税負担で業績が悪化し、株価は年初から半値以下に落ち込んだとされる。新経営陣の下で約900人の人員削減を含む立て直し計画を進めており、その渦中にいる企業だ。
中国のアンタは、自前ブランドに加え欧米のアウトドアやファッションブランドを取り込み、世界ポートフォリオを広げてきた。今回も投資ファンドとの連携を探りながらプーマ買収を模索しているとされ、最大株主アルテミス（ケリング創業家系が支配）は29％の持ち株の扱いを含め選択肢を検討しているものの、現状の株価水準での売却には慎重と報じられている。
これに対し、アシックスは神戸に本社を置くランニングシューズ主体のメーカーで、世界展開はしているが規模ではナイキやアディダスより小さい。近年は自社ブランドの技術開発と直営店網の強化に重点を置いており、巨大買収で一気に拡大する戦略とは距離がある。今回の強い否定には、限られた資本をどこに振り向けるかという慎重な姿勢もにじむ。
仮に打診があったとしても、欧州企業買収には独禁法や雇用慣行への対応などハードルが多い。ブランドの核となる競技領域や価格帯も大きく異なり、日本発メーカーにとってはシナジーと同時にブランドの輪郭がぼやけるリスクも抱える。アシックスが観測報道に「距離を置く」姿勢を示した背景には、こうしたリスク認識もあるだろう。
相次ぐ再編観測の先に残る問い
スポーツブランド業界では近年、成熟市場での成長余地が限られる中、規模拡大や新市場開拓を狙った再編観測が相次いでいる。身売りやスピンオフの噂が流れるたびに株価は大きく振れ、今回のプーマのように一日で2割近く動く例も出ている。市場は将来の「勝ち組」を先取りしようとするが、その裏で事業構造の見直しを迫られるのは現場の従業員や取引先だ。
アスリートや日々シューズを履く利用者にとっては、企業名の組み合わせよりも、愛用してきたモデルが継続されるか、価格やサイズ展開がどう変わるかが切実な関心事である。過去の買収では、一部ブランドがプレミアム路線へ転じたり、逆に廉価ラインが拡大したりした例もあり、スポンサー契約やサポート体制が変わった競技も少なくない。
今回のアシックスの速やかな否定は、日本企業が世界の再編報道の渦中に置かれる時代が来たことを示している。大型買収の是非が議論されるとき、誰がどのコストをどのくらい負担するのかを丁寧に説明しないかぎり、噂だけが一人歩きし、もっとも影響を受ける当事者ほど置き去りにされかねない。
