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海峡に秋風が吹く夜、イタリアの会計検査院が動いた。2025年10月29日、南部シチリア島と本土を結ぶ「メッシナ海峡大橋」計画について、同院は建設を認めない判断を示した。総事業費は135億ユーロ規模とされ、国家の威信を賭けた巨大計画であるだけに、波紋は大きい。詳細理由は30日以内に公表される見通しで、計画の先行きに濃い霧がかかったと映る。
判断の重みと広がる波紋
メッシナの海は静かでも、政界はさざめいている。会計検査院は29日、公聴会を経て短い声明を発し、政府が推進する大橋計画の承認に同意しない姿勢を明確にした。審査の詳細な根拠は付記されず、30日以内に理由を公表するという枠だけが示された。この「時間差」は、事業者や地元自治体、環境団体らの思惑を熱させ、世論の緊張を一段と高めているとみられる。
政府内の反応は鋭い。メローニ首相は、この判断を政府業務への「耐え難い干渉」と強く批判し、政治的意図が働いたとの見方をにじませた。サルビーニ副首相兼インフラ・運輸相も「必ず前進させる」と言い切り、事業継続の決意を示した。ただ、具体策の提示は避け、判断の正面突破か、修正と再提出か、次の一手はなお霧の中にある。
現地では賛否が真っ向からぶつかる。交通のボトルネックを解消し、シチリアとカラブリアという国内でも貧困率の高い2地域の経済を押し上げるとの期待が広がる一方、環境破壊や地震リスク、コスト膨張を懸念する声も根強い。判断のゆらぎは、地域社会の希望と不安を同時に増幅させているといえる。
争点となったカネと法、そしてリスク
検査官が注視したのは、まずカネの筋目である。2005年の入札時点で建設費はわずか38億ユーロと見積もられたが、現在は総額135億ユーロ規模にふくらむ。長期化する大型公共事業でコストが跳ね上がる構図は珍しくないが、今回はユーロ圏の財政規律とインフラ投資の両立が問われる局面だけに、資金調達の確実性と支出の正当性が厳しく吟味されたと映る。
次に法の整合性だ。欧州連合（EU）競争法に適合するか、公的資金の投入が市場を不当に歪めないかという論点が浮かぶ。検査官のカルメラ・ミラベラ氏は「審査は非常に厳格だ。後になって中断して損失を生じさせるようなことがあってはならない」と語り、合目的性と制度適合性の双方を強調した。財政と法の二重チェックをくぐり抜けねば、巨大橋は一歩も進まない構図である。
リスク管理の視点も外せない。地震多発地帯の長大橋という技術的ハードル、環境影響評価の丁寧な履行、そして建設途中の中断が招く「損失固定化」の危険だ。公的資金を使う以上、途中での設計変更や訴訟・差し止めに備えた柔軟な契約設計と、透明性の高い説明責任が不可欠になる。財務・法務・工学の三領域が、同じ地図を見て歩けるかどうかが試されている。
政治の反応と地域の期待・不安
政治は対立の色を強める。首相は「干渉」と反発し、副首相は前進を誓う。だが、監視機関の否認を前に強硬突破すれば、新たな法的・政治的コストを呼び込む恐れがある。逆に計画修正や段階的着工に舵を切れば、支持層の熱量を冷ますリスクが出る。いずれに転んでも、次のアクションは政権の統治能力を映す鏡になるとみられる。
地域社会の声は割れている。必要性に疑問を呈し、自然環境の破壊や生活圏の変容を憂える人びとがいる一方で、雇用や物流、観光の波及に期待を寄せる住民も少なくない。計画には日本のIHIも名を連ねると報じられており、国境をまたぐサプライチェーンの視点でも注目度が高い。だが、数字と工程が揺れれば、期待は容易く不安に変わる。
この先の焦点は三つだ。第一に、会計検査院が30日以内に示す理由の中身。第二に、政府がそれをどう受け、計画の修正や再承認に向けて制度的な手立てを講じるか。第三に、地域の合意形成である。確からしい数字と透明なプロセス、そして人々の生活に根ざした説明が積み上がらない限り、海峡をまたぐ「夢の橋」は、政治の幻影として漂い続けるほかない。
