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夜明け前の静けさが破られたのは、2025年10月20日 4:15。湯沢市表町の消防本部玄関に、黒い影が滑り込んだ。防犯カメラが捉えたのは一頭のクマだ。そののち駅前では、半径500メートルの圏内で男性4人が連続して襲われた。横手、由利本荘でも被害が相次ぎ、負傷者は計6人にのぼった。命に別条はないが、人の暮らしのただ中にクマが現れる現実が、街の空気を一変させている。
駅前で連鎖した襲撃、わずか75分の出来事
現時点で確認されている範囲では、湯沢市のJR湯沢駅周辺で被害が集中した。最初の通報は2025年10月20日 5:05頃。コンビニから戻る途中だった63歳男性が襲われ、続いてアルバイト中の70歳男性が被害にあった。市街地の動線上で人の往来が始まる時間帯と重なり、緊張が広がったとみられる。
その後も同じ圏内で被害は止まらず、6:20には自宅玄関先にいた65歳男性が太ももをかまれた。4人の被害が重なった時間幅はおよそ1時間15分。いずれも命に別条はないが、移動の速さと行動範囲の狭さから、同一個体の可能性も取り沙汰されている。ただし個体の特定には至っておらず、慎重な見立てが続く。
防犯カメラが捉えた足取りと行政の初動
連鎖的な被害の直前、4:15頃には湯沢雄勝広域市町村圏組合消防本部の自動ドアからクマが入り込み、20秒ほど風除室を徘徊する様子が防犯カメラに残っていた。職員が直接目撃することはなかったが、敷地内ではクマのフンとみられる痕跡も見つかった。街が動き出す前の時間帯に人の生活圏へ侵入していた実像が浮かぶ。
湯沢市は、クマが入り込んだ民家に箱わなを設置して捕獲を試みている。教育委員会は周辺の小中学校4校に屋外活動の自粛を要請し、湯沢東小では迎えが遅れた児童を教員が付き添い校内待機とした。学校の判断は「子どもの安全最優先」と映り、行政の初動は市街地での出没を前提とした対応へと重心を移している。
学校と街の足元で広がる不安
「災害と同じだ」。部活動の制限や送迎の負担を巡り、現場の教職員はそう語る。通学路の見回りや下校時刻の調整が求められ、日常の運びは一変した。街中では13:39に出没を受けて出入口の一部を封鎖する書店も現れ、商店主や買い物客の間にも警戒が広がっている。市街地での出没が常態化する懸念がにじむ。
市民の声には具体的な工夫が増えた。散歩を控える高齢者、ホイッスルを首から下げる男性、外出先での音出しや複数行動を心がける家族。横手では庭木の剪定中の80代女性が背後から引っかかれ、由利本荘でも川に仕掛けた網を見に行った80代男性が襲われたとされる。生活の隙に入り込むリスクが、県内各地で現実となっている。
県内の被害状況と「警報」下の対策
今年の秋田県内のクマによる人身被害は、現時点で43人に達したとみられる。県はツキノワグマ出没警報を発令中で、警察は出没情報の確認にクマ出没情報サービスの活用を促している。音を出す、単独行動を避ける、幼児・高齢者の行動範囲に配慮するなど、基本動作を地道に積み上げることが、街場の安全を支える。
都市と野生が交わる境界は、人の営みがある限り動き続ける。農作業、散歩、通勤通学、夜明け前の仕込み。暮らしの時間に寄り添う対策と、冷静な情報共有が要る。被害が連鎖した日の朝を踏まえれば、地域ごとの地形や動線に沿った見回りと、万一の際の通報・退避の手順が、これまで以上に血肉化していくはずだ。
