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静かな夕暮れのブラジリアで、裁判所の投函口に重たい封筒が滑り込んだ。封筒の中身は全85ページ。ボルソナロ前大統領の弁護団が、クーデター計画などで禁錮27年3か月を命じた最高裁判決に対し、説明の明確化と量刑の見直しを求めた異議申立書である。2025年10月27日、判決の「どこをどう直すべきか」を問うた一手が、政治と司法、そして外交の緊張に新たな呼吸を与えたと映る。
弁護団が動いた理由
申立ては、通常の大幅な逆転を狙う上訴ではない。最高裁の合議体で有罪票に対し少なくとも2人の反対が必要だが、今回の反対は1人にとどまったためである。弁護側はこの前提を踏まえ、判決文の事実認定や法適用の不整合をただす「補正」を求め、量刑の過重さにも踏み込んだかたちだ。結論を変えるよりも、傷口を少しでも小さくする狙いがにじむ。
具体的には、国家転覆の企てと民主主義の暴力的破壊という趣旨の2つの犯罪について、同一行為の評価が重複していると指摘した。二重評価の是正を迫る論法は、重い量刑の短縮余地を広げる可能性があるとみられる。また、裁判の過程で示された証拠の解釈に「深刻な不正義」があると主張し、判決理由の再整理を促した。
審理のスケジュールは早い。最高裁の小法廷は11月にもこの申立てを採否に付す見通しだ。確定までにはなお時間がかかるが、ボルソナロ氏が実際に服役を始めるのは、異議・不服申立ての手続きが尽くされた後になる。法廷の外で支持者が声を上げる一方で、法廷の内側では文言と論理のせめぎ合いが続いている。
判決の中身と争点
判決が下ったのは2025年9月11日である。5人の判事のうち4人が有罪に投票し、武装化した犯罪組織への関与、クーデターの組織、民主主義の暴力的破壊、政府資産と保護文化財の損壊など、5つの罪で有罪とした。前大統領経験者に対し「民主主義攻撃」で前例なき刑を言い渡した重みは、国内の司法と政治の関係にも強い影を落とした。
弁護側の最大の争点は、罪名の重なりに起因する過大な量刑である。刑事法の基本である比例原則に照らし、同一の目的と行為に複数の重い罰を積み上げるのは不当だと訴えた。さらに、有罪票に対する唯一の反対意見を示した判事の論理を引きながら、最高裁の管轄や手続の適正にも疑問符を付した。判決の全体像に微妙な揺らぎを作ろうとする戦術がうかがえる。
一方で、検察側と多数派の判事は、2022年選挙後の権力維持を狙った組織的な作戦があったと断じた。デモの動員、制度への不信を煽る言動、国家機関の機能阻害などが積み上げられ、「民主主義を破壊する具体的危険」があったと評価されたのである。弁護側の異議申立てがこの厚いレイヤーにどこまで切り込めるかが焦点になる。
外交に広がる波紋
国内の法廷闘争は、国境を越える政治のうねりとも絡んだ。ボルソナロ氏は8月上旬から自宅軟禁下にあり、米大統領ドナルド・トランプ氏に裁判への介入を求めたとする疑いが、その背景にあると伝えられてきた。司法当局は接触制限や機器押収などの措置を強化し、ルール違反には厳罰で臨む姿勢を崩していない。
さらに波紋を広げたのが、通商の場だ。トランプ政権は2025年7月10日にブラジル製品への輸入関税を一律50%へ引き上げる方針を打ち出し、裁判を「魔女狩り」と批判した。ブラジル側は報復関税を示唆し、財務閣僚も「持続不可能」と反発した。司法判断が通商政策に直結する異例の展開は、市場と産業界にも重い負担を予感させる。
ルラ政権は司法の独立を前面に出し、米側の圧力に屈しない姿勢を強調してきた。一方で、ボルソナロ陣営は政治的迫害を主張し、次期選挙への影響力を保ち続けようとする。9月の有罪判決、10月の異議申立て、そして11月の審理と、節目が連なる数か月。法と政治、通商と世論が重なり合う地平で、判決文の一語一句が現実の重みを帯びてくる。
