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家族が4日の声明で、ディック・チェイニー元米副大統領が2025年11月3日に84歳で死去したと明らかにした。死因は肺炎の合併症と心血管疾患によるもの。イラク侵攻を後押しし、副大統領の役割を拡張した政治家の最期は、米国の安全保障と権力の在り方をめぐる長い議論に、静かな区切りを加える。
権限を押し広げた副大統領という存在感
ホワイトハウスの会議室でメモが回り、助言が積み上がるたびに、判断の中枢へと近づく人物がいた。チェイニー氏は2001年から2009年まで副大統領を務め、国防・情報・法執行の分野で発言力を強めた。閣僚と議会の間を結ぶ調整役に徹しつつ、要所で議題を先回りして準備し、政策の細部を実装まで押し込む手つきが評価と警戒を同時に招いた。
その基盤には長い行政経験がある。フォード政権で大統領首席補佐官を務め、父ブッシュ政権では湾岸戦争期の国防長官として軍の展開と縮小の両局面を見た。さらに下院議員としての実務感覚を持ち、予算や人事の摩擦を読み解く術を身につけた。大統領の背後で機能する「副」の仕事を、事前調整と執行管理の領域まで広げたことが彼の特色だった。
政治の表舞台では派手さを避け、裏方で合意を固める姿勢が続いた。だが重要な局面では自ら前に出る。国土安全保障や情報収集の制度設計に関与し、危機下での国家権限の使い方を拡大解釈する議論を後押しした。この拡大は同盟国や国内の法曹界からも異論を呼び、以後の政権に長く宿題を残している。
イラク戦争が残した影と、拷問をめぐる論争
2003年のイラク侵攻をめぐって、チェイニー氏はラムズフェルド国防長官とともに強く支持に回った。大量破壊兵器の疑惑は危険だと繰り返し訴え、抑止よりも先制の論理を優先した。だが戦後に決定的な証拠は見つからず、開戦判断の根拠とプロセスは長く検証の対象となった。政権内ではパウエル国務長官やライス国務長官らとの対立もたびたび表面化した。
テロ対策では、いわゆる「強化尋問」を擁護した姿勢が象徴的だ。水責めや睡眠妨害などに対し、人権侵害とする批判が国内外から上がったが、同氏は合法性と有効性を主張し続けた。この立場は国家の安全と個人の権利の均衡という難題を鋭くあぶり出し、法と倫理の境界線をどこに引くかという問いを社会に投げかけたままだ。
政治的評価は二極化したまま固定化したわけではない。兵力の運用や占領統治の誤算が積み重なる一方で、治安回復期の再編や同盟調整で一定の効果を生んだ施策もあったとする見方がある。功と罪が絡み合った戦時の意思決定は、後に続く世代の政策担当者に、情報の不確実性と権限の重さを教える教材であり続けるだろう。
党派の境界を越えた晩年、家族に囲まれた最期
晩年の足取りは静かで、選挙の季節にだけ鋭くなる。石油サービス大手ハリバートンの経営を経た経済観に基づき、保守の現実主義を掲げつつ、トランプ氏への批判では娘リズ氏と歩調を合わせた。議会襲撃後に同氏の弾劾に賛同したリズ氏は議席を失ったが、家族は立場を曲げなかった。その姿は党派を超える忠誠の所在を問い直した。
2024年の大統領選では、チェイニー氏が民主党候補への投票を表明し、「建国以来の歴史でこれほど共和国を脅かす人物はいない」とトランプ氏を批判した発言が注目を集めた。保守強硬派の象徴が、制度と法の維持を理由に越境した意味は重い。安全保障での強硬さと選挙制度の防衛という、別の保守の顔が同居していたことを示している。
心臓疾患と共に歩んだ半生でもあった。若くして発作に見舞われ、2012年には移植手術を受けて公務から距離を置く時期もあった。それでも著述や講演で政策論議に戻り、次世代に宛てるように経験を語った。訃報によれば最期は妻リン氏と娘たちに見守られたという。激しい拍手の後に静けさが広がる劇場のように、長い時代がそっと幕を引いた。
