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ワシントンの空は高く澄み、各国の金融当局者が会場を後にする足取りに、長い一週間の疲れがにじむ。欧州中央銀行理事でドイツ連邦銀行のナーゲル総裁が、対中貿易をめぐり「より積極的な行動」を促したのはその終盤である。米中の応酬が世界の流れを変えるなか、欧州が自らの市場と企業をどう守るか。その問いが、2025年10月19日に鮮明になったと映る。
ワシントンで聞こえた警鐘
国際会議が相次いだワシントンでは、欧州も無縁ではないという空気が広がっていた。18日（現地）の討議では、欧州の経常黒字が2018年のGDP比ほぼ4%から今年前半は2.1%へ半減し、中国の黒字は同期間に0.2%から3.7%へ拡大したとの分析が示された。ユーロ圏は対中で約1,500億ユーロの貿易赤字を抱え、その赤字は今年に入り約1割広がったとされる。数字が指し示すのは、欧州の背後に迫る構造変化である。
こうした緊張の底流を踏まえ、ナーゲル総裁は欧州が地域と企業の利益を守るため、交渉の場で自らの力をいっそう意識的に行使すべきだと呼びかけたと伝えられる。「欧州は中国を必要としている以上に、中国は欧州を必要としている」という発言も示された。巨大な単一市場を背景に、受け身の姿勢から一歩踏み出すべきだという主張が浮かぶ。
同時に、総裁は貿易戦争の回避と対話の維持も強調した。市場を守る備えと、緊張を高めない舵取りは両立し得るという含意である。欧州にとって最も重要な市場は欧州自体だという視点は、域内の需要を支え、供給網を磨く内向きの強さを求める提案とも読める。打って出るべき局面と、耐えるべき局面の見極めが問われている。
欧州が切るべき「カード」
欧州が持つ最大のカードは、域内に広がる需要と規模である。規格と基準、競争政策の枠組みが企業行動を方向づけ、交渉のレバレッジにもなる。関税や補助金に頼らずとも、調達や認証、公共投資の設計で市場の質を高め、企業の投資回収を見通しやすくする手は多い。域内サプライチェーンの耐性強化も、結果として交渉力を底上げする。
一方で、外の荒波は強まる。米中間の引き上げ合戦が続けば、価格のゆがみや供給の偏りが欧州にも波及しやすい。ラガルド総裁は18日、ワシントンでの討議で、欧州は中国・米国とは異なる位置にありつつも、世界的な不均衡の議論の中心にいると語った。対中赤字が膨らむ現実は、過当競争の圧力と国内の投資不足という二面性を照らす。
では何から着手するか。域内の設備投資と人的資本を高め、コスト増を吸収できる生産性の底上げを図ることが先決である。加えて、過剰供給が流入する局面では、事実に基づく調査と迅速な是正措置を用意しつつ、対話の窓口は開けておく。排除ではなく、透明性の高いルールの提示で市場の質を守るやり方が、欧州らしいやり方と映る。
広がる迂回輸出と市場の波紋
一部報道によれば、米国の追加関税や輸出管理の強化に対し、中国は対抗措置を重ね、米国向けに出せない一部製品が他地域へ流れる動きが出ている。結果として、世界の物流や価格形成に新たな歪みが生まれ、需給のひずみが連鎖する。ワシントンの当局者が語る疲労感は、こうした「新常態」が定着しつつあることへの戸惑いでもある。
この波紋は、欧州の現場にも届いている。安価な在庫の流入は短期的には消費者に恩恵をもたらすが、国内生産の縮小や投資延期を誘発しやすい。為替やエネルギー価格のぶれと重なれば、企業収益は細り、雇用や研究開発にも陰が差す。ナーゲル総裁の「より積極的に」という言葉は、緩慢な浸食に対する速度の問題提起でもある。
それでも、道は一つではない。欧州は域内需要を底上げしつつ、友好国とのサプライチェーン再設計を進め、過度な依存を和らげることができる。交渉の場では、数値とエビデンスで反論し、必要な防衛策は躊躇なく発動する。一方で、対話の意義を失わない――その両立こそが、揺れる世界で「確信を持ってカードを切る」ための現実的な作法とみられる。
