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ガザの夜は静かで、検問所に向かう赤十字の車列だけが音を立てて進む。人質の遺体返還をめぐり、交渉の温度差が早くも表に出てきた。イスラム組織ハマスは、重機を使わずに見つけられる遺体は全て返したと主張する一方、イスラエルはさらに十数体の返還を求めている。米国主導の和平合意が動き出した矢先の揺らぎであり、停戦を次の段階へつなぐための最初のハードルが、思いのほか高いことを示していると映る。
遺体返還をめぐる主張の食い違い
一部報道によれば、2025年10月15日の夜、ハマス軍事部門は保管していたという28体のうち9体の遺体を返還したと発表し、残りの発見には「多大な努力と特殊装備」が必要だと述べた。イスラエル側は直ちに反論し、ハマスが協力すれば大半は比較的容易に返還可能だとする高官の見方が伝えられている。瓦礫の山となったガザ北部やカーンユニスの現場事情を踏まえても、主張の距離は埋まらないままだ。
ネタニヤフ首相は、亡くなった人質全員を祖国に連れ帰り、適切に埋葬するとの決意を示し、政府と安全保障当局が総力を挙げて取り組むと表明したとされる。返還が進むほど、家族は埋葬という次の営みに向き合えるが、発見・収容が遅れるほど、交渉全体の信頼は細る。ハマスの「すでに返した」という言説と、イスラエルの「まだ足りない」という主張の間に、冷たい溝が広がっている。
現時点で確認されている範囲では、地上に露出していた遺体や比較的アクセスしやすい場所からの回収は進んだが、建物の倒壊や土砂崩落を伴う地点では捜索が難航しているとみられる。ハマスは爆撃で地形が変わったと主張し、イスラエルは所在把握を求める。両者の認識のずれは、捜索の段取りだけでなく、合意履行の評価そのものに影を落としている。
合意の重みと仲介の役割
米国主導で発効した和平合意には、死亡した人質の遺体返還が組み込まれている。一部報道では「28人全員の返還」が条件と伝えられ、停戦の次段階―ハマスの統治からの移行やガザ再建―へ進む通行証のように位置づけられている。遺体返還は政治的な象徴にとどまらず、家族に弔いの時を取り戻す行為でもある。その一点が、停戦の正当性と先行きの信頼を支える芯になる。
実務の現場では、国際赤十字委員会が中立的な仲介者として受け渡しを担ってきた。2025年3月には停戦下の運用で複数の遺体移送を実施し、捕虜・被拘束者の同時移送も取り仕切った経緯がある。こうした仲介の積み重ねは、政治的駆け引きから遺体の尊厳を切り離す安全弁として機能する。合意文言に書き込まれた数値目標を現実の移送に落とすには、現場の交通計画、検問所の開閉、治安確保の細部が要になる。
一方で、仲介国・仲介機関が発する「履行度」の評価が、当事者の主張を補強する材料になる危うさもある。イスラエルは追加返還を強く迫り、ハマスは捜索の困難を理由に猶予を求める。評価の物差しがずれるほど、停戦の政治的コストは膨らむ。合意の正念場は、派手な発表ではなく、次の受け渡し便がいつ、どこで、どのルートで動くかという運用の精度に宿る。
瓦礫の街で探すという現実
ガザの広範囲は繰り返しの空爆で地層のように折り重なり、捜索隊は倒壊家屋の間を縫う。一部報道では、重機や特殊探査機器がなければ到達できない地点が多いとされる。衛星画像や現地組織の位置情報の照合が進んでも、実地の掘削には時間と安全確保が要る。返還が1体進むごとに生まれる静かな葬列は、家族の時間を取り戻す一方で、次の発見が遠のく現実も突き付ける。
イスラエル側には「ハマスは多くの所在を把握しているはずだ」との見方が根強い。ハマスは「爆撃で目印が失われた」と突っぱねる。どちらの言い分にも、それぞれの計算がにじむ。いま必要なのは、政治的な責任追及と並行して、具体的な座標、アクセス手順、搬出後の検視と身元確認の工程を詰める実務だ。ここで遅延が積み上がれば、停戦全体の信頼が摩耗していく。
「返還が進まなければ戦闘再開もあり得る」との厳しい警告も一部で聞こえるが、複数の関係者は直近の再開リスクは低いとみる声も漏らしている。脅しの応酬が続けば、人質家族の心労は増すばかりだ。現場で細く長く続く受け渡しのラインを途切れさせないこと、そのための一歩先の準備を怠らないことが、合意の命運を左右する。次の搬送の日取りを確かに刻めるかが試金石になる。
