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静岡地裁の正門へ向け、横断幕を掲げた弁護団が足早に進む。１９６６年の一家４人殺害事件で２０２４年に再審無罪が確定した袴田巌さん（８９）が、捜査や裁判での違法行為を理由に国と静岡県へ約６億円の賠償を求めて提訴した。誤判の検証と救済のあり方を、国家の責任という土俵で問う訴えが始まったといえる。
約６億円に込めた意味
提訴が行われたのは９日。弁護団は静岡市葵区の静岡地裁に訴状を提出し、警察官・検察官・裁判官による違法行為が重なったと主張した。長時間の取り調べや、犯行着衣とされた衣類に関する証拠の扱い、そして捏造の可能性を見逃した裁判所の過失までを射程に入れる構図である。現時点で確認されている範囲では、違法調取と証拠管理の問題を中核に据える訴えと映る。
損害の内訳は、死刑確定後に味わった執行の恐怖など精神的苦痛への慰謝料を約４億円と見積もり、長期拘束による「拘禁症」とみられる症状で意思疎通が難しい状況への慰謝料や介護費も加え、総額で約６億円を求めたとされる。原告は袴田さん本人だが、意思疎通が困難なため、成年後見人の弁護士が法定代理人を務める。高齢となった当事者の時間を取り戻すための費用を、国家の責任でどう償うかが問われている。
再審無罪確定から今日まで
事件は１９６６年、静岡県清水市（現・静岡市清水区）で味噌会社専務一家４人が殺害されたものだ。死刑判決は１９８０年１１月に確定し、袴田さんは２０１４年３月に静岡地裁の再審開始と執行停止決定で釈放されるまで、約４８年に及ぶ身体拘束を受け続けた。２０２４年９月２６日、静岡地裁は再審で無罪を言い渡し、その後、検察は上訴を断念。無罪は同年１０月に確定した。誤判の長さと重さが、改めて社会に突き刺さった瞬間だった。
再審判決では、取り調べの在り方や証拠の信用性に重大な疑義が示されたと報じられている。弁護士会は同日、判決の迅速な確定と再審法の改正を求める声明を相次いで公表し、長期の再審請求審や証拠開示の遅れが制度上の欠陥として浮かぶと指摘した。国家賠償の訴えは、こうした問題の連鎖に公的責任を問う一手であり、誤判救済の仕組みをどう組み直すかという課題と地続きにある。
問われる公権力の線引き
国家賠償訴訟の焦点は、捜査や審理における具体的行為が違法と評価できるか、そして違法とされた行為と被害との因果関係、損害額の相当性に収れんするとみられる。警察・検察の取調べ手法、証拠管理の過程、裁判所の審理義務や注意義務が、当時の基準と現在の到達点の双方から照射されるだろう。弁護団は、違法の積み重ねが重篤な精神的・身体的損害をもたらしたと主張しており、裁判所がどこまで公権力の責任を線引きするかが試される。
一方、再審無罪確定後の補償には刑事補償法に基づく給付もあるが、今回の提訴はそれを超え、違法行為に対する国家の加害責任を問うという別の筋道を示す。制度の外側にある痛みをどう拾い上げるか。９日、静岡地裁に掲げられた横断幕には、半世紀を超える時間の悔しさと、同じ過ちを繰り返さないという意思がにじむ。審理の行方が、誤判防止と被害回復の実効性を測る試金石となっていく。
