戦国武将 羽柴秀吉の起請文が新発見 本能寺翌日の誓約

本能寺後の“情報断絶”が浮き彫りに 秀吉が敵将へ誓約した未公開文書

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書状の一文字ずつを追いながら、研究者の指先が静かに紙の上を滑る。そこに記されていたのは、天正10年6月3日、羽柴秀吉が中国戦線で敵方の武将に宛てた誓約だった。本能寺で織田信長が討たれた翌日のことである。新たに見つかったこの起請文は、信長がまだ健在と信じていた秀吉の視線を、そのまま今に伝えている。

信長存命を前提にした「破格の約束」

天正10年6月2日本能寺の変が起きた直後、秀吉は備中高松城を包囲しつつ毛利氏と対峙していた。その翌日付の起請文には、備後国の武士とされる上原元将に対し、信長への忠節を尽くすなら備後国を与える、とする内容が記されている。起請文とは神仏を証人として約束を誓う文書で、中世の政治や軍事の現場でしばしば用いられた形式だ。

文面にはさらに条件が続く。もし備後国が秀吉方の支配にならなかった場合には、代わりに備中国内の希望する土地で二万貫の知行を与えると書かれている。備後国は現在の広島県東部、備中国は岡山県西部に当たり、一国単位の約束はきわめて厚い待遇である。秀吉がこの寝返りをどれほど重く見ていたかが、数字そのものから伝わってくる。

書状は縦約33cm、横約45cmの雁皮紙に書かれ、花押や書式から本物と判断されている。東京大学史料編纂所の村井祐樹准教授がオンラインオークションで見つけて入手し、現在は学術的な検討が進められている。村井准教授はこれまでも秀吉関係の文書研究を重ね、本能寺の変直後の書状を扱った論文などを発表してきた研究者である。

毛利家親族・上原元将の寝返りが揺らした前線

この起請文の宛先とみられる上原元将は、備後国の国人でありながら毛利元就の親族でもあったとされる。秀吉が包囲していた備中高松城の南方、日幡城に拠って毛利方として行動しており、その立場は極めて微妙だった。毛利氏と縁戚関係を持つ武将が敵方に転じれば、周辺の勢力に与える心理的な衝撃は小さくない。秀吉はその効果を見越したうえで、備後一国を含む大きな見返りを提示したと考えられる。

織豊政権史に詳しい研究者は、この条件を「破格」と評している。毛利方との軍事的な駆け引きのなかで、備後と備中の帰属はすでに交渉で大筋合意していたとみられるが、それでも起請文に明記された恩賞は突出しているからだ。そこには、上原の離反が毛利方の士気と戦線全体に重大な影響を与えると秀吉が認識していた気配がある。後世の軍記物など二次史料に記された上原の裏切り話を、一次の文書からどこまで裏づけられるか、今後の精査が待たれる。

起請文にうかがえる秀吉像も興味深い。まだ自軍の領有が確定していない備後や備中を先に与えると約束し、相手の決断を急がせようとする姿勢は、強気で攻めの交渉術を得意とした一面を示す。戦国大名が味方を増やす手段として、武力だけでなく領地や知行を駆使したことは知られているが、この文書はその具体的な場面を生々しく伝えていると言える。

本能寺の変直前の「時間」を映す一枚の紙

史料から推定されるところでは、秀吉が本能寺の変の報を知ったのは6月3日深夜から4日未明ごろとされる。この起請文はその直前に出されたもので、信長がなお「上様」として絶対的な存在だった時間帯に書かれている。数時間後には主君の死を前提に行動を切り替える武将が、まさに転換点の手前で何を見ていたのかを、具体的な言葉で残している点に価値がある。

二次史料とは後世にまとめられた軍記や年代記であり、同時代の手紙や起請文といった一次の記録と照らし合わせることで、出来事の輪郭はよりくっきりする。今回の文書は、上原元将の動きや毛利方の動揺について伝える後世の記述を検証する材料となりうる。秀吉がその後、毛利氏と和睦していわゆる「中国大返し」に踏み切る姿はよく知られているが、その少し前の局地的な交渉がどれほど綱渡りだったかを考える手がかりにもなる。

いくつもの城と国境が塗り替えられた戦いの果てに、一通の誓約だけが静かに残り、当事者の気配を紙の上にとどめ続けている。

参考・出典

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