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静かな住宅地に朝の空気が張りつめた。京都府警サイバー捜査課と城陽署は2025年10月16日、生成AIで一般女性の画像を性的に加工した動画をSNS上に公開したとして、20代の男2人を逮捕した。会員制チャットで流通した“ディープフェイクポルノ”の実態は、技術の加速と規制の追いつかなさを鮮やかに照らす出来事と映る。
閉ざされたチャットで広がった「依頼」と「供給」
今回の舞台は、限定された会員制チャットだ。府警の説明では参加者は最大で1030人に達し、依頼と提供が密やかに行き交っていたという。28歳の男はメンバーから渡された一般女性の画像をAIアプリで動画化し、短時間のわいせつな映像へと加工していた。匿名性と閉鎖性が、心理的なハードルを下げていたとみられる。
チャット内には合計で59人分、164点の性的な動画が掲載されていた。28歳の男は1件あたり300〜500円で応じていたとされ、低価格と即時性が需要を刺激していた構図が浮かぶ。実在する人物の顔写真から生成された虚構の身体が、既存のコンテンツと見分けがつきにくいまま、瞬く間にコピーされて拡散していく現実が広がっている。
本人の知らぬところで画像が素材化される非対称性は深い。チャットは会員制の壁に守られているかのように見えるが、画面の向こう側ではスクリーンショットや再投稿が絶えず連鎖し、被害の範囲は容易に特定できなくなる。記録が消えても記憶媒体に残り続けるというインターネット特有の“残存性”が、被害感覚を長期化させると映る。
容疑の構図と時系列
現時点で確認されている範囲では、28歳の男は5月15日〜5月25日にかけ、交流アプリ「ディスコード」内で、知人女性8人の写真をもとに加工したわいせつ動画8点を公開した疑いが持たれている。さらに6月20日〜7月2日には、29歳の男が提供した知人女性3人の画像をもとに、2人が共謀して動画9点を公開した疑いがあるとされる。
罪名は「わいせつ電磁的記録媒体陳列」の疑いである。実体の映像だけでなく、電磁的に記録・表示されたコンテンツも規制対象となる点が捜査の軸に映る。28歳の男は「間違いないが共謀した覚えはない」と一部否認し、29歳の男は「間違いない」と容疑を認めているという。供述の食い違いは、役割分担や故意の範囲の立証を難しくする要素となりうる。
今回の一件は、生成過程が自動化され、画像の収集から出力までが短時間で完了するAI時代の特性を浮き彫りにした。依頼が届けば数分で成果物が返され、会員制のチャットに並ぶ。実行の容易さに比して、被害者側の気づきと救済は遅れやすい。逮捕という端緒はついたが、拡散の痕跡をどこまで遡り、どこまで回収できるのかが問われている。
法はどこまで届くのか
わいせつ表現の流通を禁じる枠組みは長く刑法175条で定められてきた。現在は電磁的記録も射程に含まれ、オンライン上の頒布や陳列も規制の対象となる。ディープフェイクという語は条文に出てこないが、非同意の性的コンテンツが頒布・陳列された場合、既存規定の適用で対処しうる余地があるとみられる。今回の容疑名はその象徴である。
一方で、AI生成物は「もともとの素材」と「生成された成果物」の線引きが曖昧になりやすい。肖像権や名誉毀損、プライバシー侵害など民事上の問題と重なる領域も広く、刑事と民事の合わせ技で初めて被害の全体像に迫れる局面が多い。警察庁はサイバー空間の脅威に対する注意喚起や相談体制の整備を進めており、通報の早さが保全の鍵になると映る。
技術側でも対抗策は進む。検出アルゴリズムや透かし、改変痕の解析などが導入されつつあるが、生成技術の進化は早い。プラットフォームのポリシー運用と法執行、事業者による自律的な削除・凍結、被害者支援のネットワークを重ねる多層防御が現実的な道筋だろう。規範づくりは今も進行中であり、判例の積み重ねが重要となる。
拡散の連鎖を断つために
同意のない性的コンテンツの共有を禁じる規定は多くの主要プラットフォームに存在する。見かけた段階での通報、被害者からの削除申請、証拠保全のための日時やURLの記録といった初動が、後の対応を大きく左右する。今回のように会員制の場であっても、内部からの通報とプラットフォーム側の対応が連鎖を断つきっかけになりうる。
被害を自覚したときは、画像や動画の保存先を無闇に開かず、まずは専門窓口への相談と、必要な範囲の証拠保全に努めたい。拡散先の追跡や削除交渉は負担が重く、個人で抱え込むべきではない。社会の側も「冗談だから」「作り物だから」という軽さで共有に加担しないことが、二次被害の抑止につながる。私たちのクリック一つが、誰かの尊厳を左右する。
ひとつの逮捕で問題が解けるわけではない。それでも、可視化された被害の輪郭は、次の被害を防ぐための手がかりになる。法、技術、運用、そして私たちの倫理。四つの輪を重ねて初めて、深く広がる影を薄められるはずだ。今回の捜査の行方と合わせ、制度づくりの歩みを注視したい。
