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気道の奥で炎症がくすぶる。顕微鏡をのぞいた研究者たちは、免疫細胞が抱え込む小さな脂肪滴に目をとめた。千葉大学の平原潔教授と横浜市立大学の金子猛教授、柳生洋行助教らの共同研究により、脂肪滴を分解して再利用する仕組みが病原性Th2細胞を誘導し、喘息などのアレルギー疾患を悪化させることが示された。脂肪分解経路を標的とする新しい治療の道がひらけつつあると映る。
炎症の現場で見えた「脂肪」の役割
炎症で赤く腫れた気道の組織では、目に見えない代謝のうねりが起きていた。研究グループは喘息モデルマウスの炎症部位で、オレイン酸など特定の脂肪酸が増えることを確かめた。炎症という出来事の背後で、脂質の流れが変わる。数値は沈黙しているが、組織が発する信号は確かにそこにある。
増えた脂肪酸は、免疫の司令塔であるTh2細胞に取り込まれ、一時的に脂肪滴として貯蔵される。脂肪滴は単なる蓄えではない。細胞内で必要なときに取り崩す「資産」のように扱われ、代謝と機能の切り替えを支える。炎症局所でのTh2細胞のふるまいが、脂質の出入りと密接に結びつく構図が浮かぶ。
この蓄えがやがて意味を持ち始める。脂肪滴はそのまま眠り続けるのではなく、分解されてエネルギーやシグナルの源となる。研究チームは、その分解のタイミングと手段が、細胞の性質を悪性化の方向へ押しやる決定点になっていると捉えた。炎症の質が変わる瞬間が、脂質代謝のスイッチに重なる。
脂肪滴をほどく2つの鍵、ATGLとミクロリポファジー
脂肪滴をほどく鍵のひとつが脂肪分解酵素ATGLだ。ATGLは脂肪滴に蓄えられた中性脂肪を切り崩し、細胞が利用できる形に変える。もうひとつが「ミクロリポファジー」と呼ばれる特殊なオートファジーで、分解装置であるリソソームが脂肪滴を直接取り込み、少しずつ消化する。2つの経路が連なり、静かな分解の連鎖が進む。
ATGLとミクロリポファジーが動き出すと、脂肪滴は燃料へと変わり、Th2細胞は病原性Th2細胞へと姿を変える。サイトカインの産生は強まり、炎症は長く、深く、しつこく続く。この過程は単なる代謝の調整ではなく、免疫の質を変えるレバーとして働く。炎症の悪循環を回す歯車が、脂肪滴の分解に潜んでいたといえる。
研究成果は2025年10月24日に国際誌Science Immunologyで公表された。現時点で確認されている範囲では、脂肪滴→ATGL→ミクロリポファジーという一連の流れが、病原性Th2細胞の誘導に不可欠な経路として描き出される。代謝と免疫をつなぐ線が、実験データで丁寧に結ばれたと映る。
マウスで示された治療標的の可能性
分解の歯車をひとつ止めると、炎症の表情は変わった。ATGLを欠損させたマウスでは、ミクロリポファジーが抑えられ、病原性Th2細胞が減少。好酸球性気道炎症という喘息の主症状が明確に軽くなった。経路の介入が病態に跳ね返る因果の線が、モデル動物で手触りを伴って示された格好だ。
治療の発想はシンプルだ。脂肪分解の連鎖を狙い撃ちする。ATGL活性やミクロリポファジーの制御を通じて、病原性Th2細胞の誘導を弱められれば、慢性的な炎症の鎖をゆるめられる可能性がある。既存の抗体薬が下流のサイトカインを抑えるのに対し、代謝の段階で手を打つ上流介入が示唆される。
もっとも、前臨床の改善がそのまま患者の利益に結びつくとは限らない。脂質代謝は全身の恒常性にも関わるため、副作用の見極めや標的の絞り込みが不可欠だ。経路をどこまで、どの程度抑えるのが最適か。動物での有効性に続き、用量反応や安全性の窓を探る地道な検証が求められるとみられる。
患者検体が示した一致と、次の一歩
実験台の外でも同じ絵柄が見えてきた。ヒトの好酸球性副鼻腔炎の患者検体でも、ATGLやミクロリポファジーを介する脂肪分解経路が病原性Th2細胞の誘導に働くことが確認された。難治化に関与する細胞像が、ヒト組織で重ねて描かれる。マウスでの所見が現実の病態に接続され、仮説は現場の手触りを得た。
現時点で確認されている範囲では、脂肪分解経路を標的とする戦略は、喘息や副鼻腔炎の病態を根元から揺さぶる可能性を秘める。一方で、代謝制御は刃の両面を持つ。個体差や長期影響の評価、既存治療との併用設計など、臨床への道のりには丁寧な橋渡しが必要だ。変化の芽は示されたが、育て方はまだこれからだ。
秋の研究室に差す午後の光の中、静かに回る遠心機の音が続く。脂肪滴という微細な粒が、炎症の景色を変えていたことを思えば、次の発見もまた、小さな手がかりから立ち上がるのかもしれない。
