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雨脚が弱まったパリの夕暮れ、エリゼ宮の窓明かりだけがにじんで見える。政治の中心は静けさとは裏腹にざわめいている。相次ぐ内閣の短命化が続くなか、マクロン大統領に辞任か議会解散を求める圧力が一段と強まった。大統領は任期満了まで務める姿勢を崩していないが、与党内からも疑義が噴き出し、事態は「出口」をめぐる神経戦の様相を帯びている。
揺らぐ支持、膨らむ圧力
2025年10月7日、元首相のガブリエル・アタル氏がテレビのインタビューで「もはや大統領の決断を理解できない」と述べた。かつて最年少首相として政権を支えた当事者の距離感が公然化した意味は重い。発言は、与党ルネサンスの幹部としても響きを持ち、支持層の亀裂が広がっていると映る。
同日までに、マクロン氏はセバスチャン・ルコルニュ首相の辞表を受理し、危機打開に向け各党との「最終協議」を進める役割を引き続き担うよう求めたと報じられている。協議の期限は9日未明ごろまでとされ、予算編成の目途や最低限の合意形成が焦点だ。だが、時間は短く、与野党の溝はなお深い。
「権力は分かち合うべきだ」。アタル氏はそうも語り、交渉の場に応じる用意を示した。大統領の主導を色濃く残す解決策ではなく、議会の力学に即した妥結を促す音色が強い。誰に利するのか。与党の主導権回復か、野党の影響力拡大か。問いは市民の不安と直結している。
“秩序ある退き際”論と早期大統領選
7日、2017年に最初の首相を務めたエドゥアール・フィリップ氏が、新たな大統領の下で膠着を断つべき時だと表明した。「秩序だった退陣」を求める趣旨で、当面は予算を通し、その後に大統領選を前倒しする構想を打ち出したと伝えられている。長期戦の末に政治空白を深めるより、スケジュールを明確化して信任を問うべきだという論法である。
ただし、現時点で確認されている範囲では、憲法上は大統領の職が空位となった時点から迅速に選挙日程が動き出す仕組みであり、段階的な「予告」つき退任の運用余地は乏しいとされる。予算先行・選挙後行の提案が、実務と法の枠組みの両方でどこまで整合するのかは、専門家の見立ても割れている。
フィリップ氏の発言は、与党内部の求心力低下を象徴するだけでなく、保守・中道の再編をにらむ布石とも読める。誰に有利なのか。任期前倒しなら野党は準備不足に陥るのか、あるいは政権側の責任論が強まり逆風となるのか。フランス政治の重心を決める計算が、水面下で交錯している構図が浮かぶ。
憲法の枠組みと行き詰まりの行方
今回の危機で選択肢は三つに絞られる。議会内の妥協にもとづく「実務内閣」で乗り切る道、解散総選挙で再び民意を問う道、そして大統領の退任で局面を転じる道である。いずれも政治的コストと制度的ハードルが高い。特に退任カードは制度上の制約が大きく、短期での政治空白リスクが避けられないとみられる。
一方、交渉による合意形成は、権限配分の再設計を迫る。アタル氏が強調した「分かち合う政治」は、予算と政策の優先順位を先に固め、人事は後から追う手順を示唆する。周辺国ではこの方式で暫定合意を積み上げる例が少なくない。フランスでも同様の折衝文化を根づかせられるかが試されている。
解散は最も分かりやすい出口に見えるが、昨年の解散後にねじれが深まった記憶は生々しい。短期で再選挙に踏み切れば、与党も野党も疲弊し、投票率の変動が読みづらくなる。偶然か必然か。ここで拙速に動けば、次の危機の火種を抱え込むだけだという警戒が広がっている。
秋のパリに漂うのは、怒りよりも倦怠に近い空気だ。エリゼ宮は静かに動き、当事者たちは言葉を選ぶ。最終的に鍵を握るのは、予算と最低限の政策合意を先に積み上げられるかどうかである。大統領が任期完走を改めて掲げるなら、その正統性は結果でしか補強できない。問われているのは、誰もが痛みを負う妥協を、どこまで受け入れられるかという覚悟である。
