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マイクロソフトのAI部門トップ、ムスタファ・スレイマン氏が新組織「MAI Superintelligence Team」を立ち上げたと明かした。出発点は医療診断で、特定領域で人を大きく上回る性能を狙うという。企業として「多額の資金」を投じ、2〜3年で医療超知能の実像が見えると語った。汎用ではなく課題解決に特化させる方針は、AIの進化を社会にどう結びつけるかという問いに、現実的な輪郭を与える動きでもある。
始動する特化型超知能、最初の標的は診断
2025年11月7日、同氏は新チームの狙いを「特定分野での超人的な性能」と位置づけた。最初に挑むのは医療診断だ。画像や検査値、症状の組み合わせから病気を突き止める営みは、AI研究が長年注目してきた舞台でもある。今回の構想は、既存の大規模モデルをそのまま診療現場へ運ぶのではなく、思考と推論を繰り返しながら情報を選び取る流れを磨き、診断に必要な決定だけを確実に積み重ねていく設計に重きを置く。
同社はこの取り組みに「多額の資金」をあてる方針だという。実装の第一歩である診断では、予防可能な疾患の早期発見を広げ、健康で過ごせる時間を延ばす効果が期待される。重要なのは、万能さを追わないことだ。チームは、がん検診や希少疾患の鑑別のように、現場で要件が定義しやすく、評価もしやすい領域から型を作る。汎用化に先んじて成果物を限定し、責務と検証の範囲を明確にする姿勢がにじむ。
2〜3年という見通しは野心的だが、目標を絞ることで到達可能性を高める狙いがある。現状のAIは説明や根拠の提示が苦手だが、診断プロセスに沿った逐次推論で補える余地はある。臨床適用には規制、データアクセス、責任分担の枠組みが欠かせないものの、限定領域での検証と改善を重ねるループが回り始めれば、技術と制度の歩幅は合わせやすくなるはずだ。
“人間中心の超知能”という設計思想
スレイマン氏は、目指す像を“Humanist Superintelligence（人間中心の超知能）”と表現する。すべての課題で人を凌駕する無制限の汎用モデルではなく、社会的な便益が明確なテーマに根を下ろした特化型の超知能を束ねる考え方だ。ここでは、まず害を避ける設計と運用を前提に置き、そのうえでイノベーションを加速させる順序を守る。制御と整合性を保ちやすい範囲で、人間の意思決定を支える強い道具を増やしていく発想である。
この思想は、モデルが自律的に自己改良を重ねるほど制御は難しくなるという素朴な懸念に向き合う試みでもある。研究開発の最前線だけでなく、事業者や行政、現場の専門家が同じ土俵でルールを持てるよう、タスクや責任の境界を明確に区切る。超知能の“幅”よりも“深さ”を選ぶことで、評価と安全策を運用に組み込みやすくする。結果として、導入先のリスク許容度や倫理基準に合わせた実装が進みやすくなる。
応用先のヒントとして示されたのが、バッテリーの蓄電問題や分子設計だ。どちらも観測データと理論の接合部で探索空間が急拡大し、人手の試行錯誤に限界がある領域である。目的関数が設定しやすい課題では、検索と最適化を繰り返すAIの強みが生きる。医療診断と同様、成果の判定基準を先に固め、プロセスを監査可能にする設計が受け皿になるだろう。
競争の只中で選んだ距離感
AIをめぐる競争は激しい。類似の構想を掲げる動きは既にあり、メタやセーフ・スーパーインテリジェンスなどが技術飛躍を狙う中で、実現性に懐疑的な見方も根強い。マイクロソフトは、一般化を急ぐのではなく、専門モデルの積み上げで勝負する道を選んだ。チームは既存の研究陣に加え、Karen Simonyan氏がチーフサイエンティストとして関わる体制で臨む。採用や計算資源の確保を含め、継続投資を前提にした長距離走の構えだ。
この道筋は、派手なデモや万能感の演出とは距離を置く代わりに、確実な“使える”を積み重ねる姿勢でもある。特化は市場を小さく見せがちだが、診断、創薬支援、材料開発のように裾野の広い領域で深さを出せば、波及効果は大きい。評価手順や報告様式を標準化し、外部との検証サイクルを回すほど、懐疑は手触りのある納得に変わっていく。足元の小さな改善が、やがて制度や産業の更新につながる。
一方で、前提となるブレークスルーが要る場面は残る。推論の信頼性、文脈の保持、データ品質の担保など、どれも基盤技術と運用設計の両輪が揃ってこそ進む課題だ。超知能の看板は目的地の名前にすぎない。研究の速度と社会の受容が噛み合うかどうかは、評価と公開、説明の積み重ねにかかっている。静かに始まった手当ては、診療室や研究室の時間の流れを少しずつ変えていきそうだ。
