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リーグ優勝から3日後のクラブハウスは、不思議な静けさに包まれていた。中央のテーブルに置かれたMVPトロフィーは、祝宴の喧噪が過ぎ去った余韻を湛えながら光っていた。個人の勲章より、これから始まる「あと4つ」の戦いを見据える空気が漂う。あの夜の主役が何を大切にしているのかを、物言わぬトロフィーが物語っているように映る。
異次元の第4戦が流れを決めた
シリーズの分水嶺は、2025年10月18日の第4戦だった。大谷翔平は先発マウンドに立つと、初回を100マイル超の直球でねじ伏せ、三者連続三振で押し切った。直後、自ら先頭打者として放った先制弾が球場の空気を一変させる。投手が先頭打者本塁打を放つ異例の幕開けが、試合の輪郭をくっきりさせたといえる。
その後もバットは火を噴いた。4回には推定469フィートの一発で突き放し、7回にもダメ押しの3本目。打者としては3打数3安打3本塁打、四球1という完璧に近い内容だった。投げては6回を2安打無失点、与四球3、10奪三振。与えた安打より本塁打の数が多いという、にわかに現実と思えないスタッツが並ぶ夜となった。
ミルウォーキー打線は終始沈黙し、4試合の合計打率は1割台前半にとどまった。シリーズ通算でロサンゼルスの先発陣は防御率0点台という圧巻の出来で、ミルウォーキーは好機でもバットが空を切る場面が続いた。相手先発のホセ・キンタナが「驚異的だった」と振り返ったように、投打の圧力が相手の呼吸を奪ったとみられる。
「個」よりも「チーム」を前面に
セレモニーの雰囲気は華やかだったが、本人の佇まいは淡々としていた。結果としてシリーズMVPに選ばれても、言葉の方向は常にチームに向いている。大谷はポストシーズン序盤で打撃不振に揺れたが、第4戦での投打同時爆発は「チームが最後に勝つための一手」を体現したものだと映る。トロフィーがクラブハウスの中央に置かれたのは、個人よりチームに光を当てたいという意思の表れにも見える。
周囲の受け止めも同じ方向を向く。相手ベンチからは「彼は世界最高の選手」という言葉が漏れ、ロサンゼルスの内部でも「先発陣がシリーズを支配した」という安堵が広がった。誰か一人のヒーロー譚に回収せず、投手陣の精緻な準備と攻撃陣の集中力が噛み合った結果として語られる。MVPの名札よりも、ローテーション全体の呼吸のそろい方が、このシリーズの本質を示しているといえる。
数字もそれを裏づける。ロサンゼルスのポストシーズンはここまで快走で、特に先発の安定が試合運びを軽くした。第4戦で大谷が奪った二桁三振と完璧なコンタクト制御は、打者としての長打力と同時に示されたことで、相手に二重のプレッシャーを与えた。ベンチに戻るたび、チームの空気は締まり、アウトカウントが重なるたびに勝利の像が鮮明になっていった。
視線の先、カナダで始まる最終章
次の舞台はカナダだ。対戦相手は1993年以来となるワールドシリーズ進出を決めたトロント。今季のレギュラーシーズン勝率でわずかに上回ったトロントが本拠地開幕の権利を握る。ロサンゼルスは前年覇者として連覇に挑み、先発陣の出来と厚い打線で押し切れるかが焦点となる。ここまでのポストシーズン成績は上々で、投手陣全体の防御率は2点台半ばと引き締まっている。
「あと4つ」。デーブ・ロバーツ監督はペナント獲得直後、観衆に向かってそう叫んだ。選手たちはその言葉を胸に、短期決戦の細部に磨きをかけるはずだ。相手は国を挙げての熱狂を背にする強豪で、先制点の価値がさらに高まる。第4戦で示したような先手と圧の連鎖を再現できるか。静かなクラブハウスに置かれたトロフィーが、最終章の心構えを静かに促しているように映る。
