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冷えた点滴室で始まった一度きりの輸注は、静かに人類の古い課題へ踏み出す合図だった。奈良県立医科大学は人工赤血球製剤NMU‑HbVの第Ib相試験で初回コホートを完了し、重篤な副作用なしと公表した。血液不足に揺れる医療の地図を書き換えるかもしれない一報である。次段階に進む判断が示され、臨床の現場感が一気に近づいたと映る。
静かな病室で始まった小さな輸注
大学が公表したのは2025年8月26日である。発表によれば、健康成人を対象とする第Ib相安全性試験のコホート1が終了し、次段階への移行が承認された。治験責任医師は附属病院血液内科の松本雅則氏。自施設で製造し自施設で試験を行う体制を築いた点も併せて強調され、アカデミア発の創薬に現実味が差した。
実施期間は5月26日から7月1日まで。男性2人と女性2人にNMU‑HbVを100ミリリットル投与し、維持投与速度は毎分2.5ミリリットルと記された。結果として重篤な副作用は認められず、急性輸液反応や38度を超える発熱も確認されなかった。臨床の最初の扉をノックする音が、静かに病室に響いたとみられる。
試験は安全性評価委員会の審査を経て段階的に拡大する設計である。投与量はコホートごとに100、100、200、400ミリリットルへ上げ、各段階で有害事象を精査したうえで次に進む。委員会は移行可と判断し、次コホートの被験者募集は8月18日から始まったという。小さくも確かな前進が浮かぶ。
血液不足の現実と日本の賭け
この製剤が狙うのは、輸血が間に合わない現場の隙間を埋めることだ。大学は2024年、備蓄や緊急投与を可能にする人工赤血球製剤の第一相試験を附属病院で実施する方針を示し、AMEDの橋渡し研究プログラムに採択された。世界で血液供給の偏在が続くなか、日本は「現場で使える形」に落とし込む段取りへ踏み出したと映る。
想定する活用場面は、危機的出血や血液の適合が難しい救急である。被災地や遠隔地のように冷蔵物流が揺らぐ場でも、一定条件で備蓄し即時投与できる手段があれば、救命の初動は変わる。誰に有利なのか――最前線の救急医と患者にほかならない。命の「つなぎ」をどう確保するかという問いが、足もとから迫っている。
なお開始時期をめぐっては揺れがある。一部報道では今年3月の開始と伝えたが、現時点で確認されている大学の資料では、少なくとも初回コホートの投与は5月26日から7月1日の実施としている。一次情報の更新と試験の前進が重なる局面だけに、発表タイミングの違いが生む見え方の差にも注意が要る。
ヘモグロビンベシクルが描く次の景色
NMU‑HbVは名称が示す通り、ヘモグロビンを用いた人工赤血球製剤である。赤血球の主要な役割である酸素運搬を代替し、輸血が困難な場面で生命維持の時間を稼ぐことを目指す。第Ib相では安全性の確認が最優先であり、酸素運搬の実効性や投与後の動態は、次段階でより厚みをもって評価される構えだ。
試験は厚生労働省の臨床研究届出システムに登録され、特定生物由来製品としての開発を視野に入れている。研究チームは治験専用病床を持たない環境でも早期探索的研究を運用できる体制を整備し、自施設で製造・評価を回す仕組みを作った。国内の他大学にも応用可能なモデルケースとなる可能性がある。
一方で、課題は多い。安全性の長期的評価、十分な酸素運搬能の検証、製造・保管・配送の設計、そして臨床導入時の適応や倫理の線引きがそれである。だが今回の「重篤な副作用なし」という事実は、次の検証へ駒を進める根拠になった。偶然ではなく必然としての成果を積み重ねられるかが、これからの焦点である。