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顕微鏡のステージが静かに動き、その上で細い針が実験用プレートの決められた位置をなぞる。2025年11月20日、軸受で知られるNTNは、この針先を使った「微細塗布装置」によって、iPS細胞由来の心筋細胞を狙った場所へ自動で並べる新しいバイオプリンティング技術を公表した。人の手でスポイトを扱ってきた創薬実験の現場に、工場生まれの精密塗布技術が入り込もうとしている。
工場発の微細塗布技術が、細胞実験の道具に生まれ変わる
NTNが開発した微細塗布装置は、自動車部品や半導体の製造ラインで液体材料を塗るために育てられてきた装置で、針先に数pL単位の液滴を保持し、1回あたり0.1秒で±15µm以下の精度で繰り返し塗布できる。液滴は表面張力で針先にとどまり、自重で垂れないため、押し出し機構を使う必要がなく、量のばらつきが小さいのが特徴だ。元々は液晶修理やセンサー製造向けだった技術が、いまライフサイエンス分野へ転用されつつある。
従来、細胞培養プレートへの播種はディスペンサーやインクジェットなど、圧力で液体を押し出す方式が主流で、ノズル詰まりや滴下量の不均一、高粘度液での扱いにくさが課題だった。圧力が細胞にかかることで、ダメージや生存率低下を招く懸念もあった。これに対し塗布針方式は、針先を液面に触れさせてすくい上げ、配置したい位置にそっと触れて転写する構造で、高粘度の細胞懸濁液でも目詰まりしにくく、細胞への負担を抑えたまま極少量を狙い撃ちできる。
電気信号と組織の均一さで確かめた「狙った場所に同じだけ」
NTNは大阪大学との共同研究で、iPS心筋細胞を用いた複数の実験を行い、微細塗布装置の有効性を検証した。1つは多電極アレイ(MEA)と呼ばれる電極付きプレートで、心筋細胞の電位波形を測る試験である。電極中心からの位置ずれが波形に直結するこの系で、装置の位置決め精度は±15µm以下に収まり、電極中央への配置が安定した。その結果、手作業ではばらついていた電位波形がそろい、測定データの再現性が高まったと報告されている。
もう1つの検証では、マルチウェルプレート内に直径約1mmの心筋組織を形成し、そのサイズの揃い具合を調べた。限定した塗布領域に適量だけ細胞を置くことで、組織径の変動係数CVは3.8%と低く抑えられ、均一な組織が多数並ぶ状態が得られたという。塗布面積を通常の直径3mm領域から縮小したことで、必要な細胞数は面積比ベースで約80%削減され、高価なiPS細胞の節約にもつながった。加えて、圧力をかけない転写方式により細胞生存率は90%以上を維持し、実験コストとデータ品質の両面で利点が示された。
創薬から再生医療へ、ライフサイエンス事業の「試金石」
NTNは成長分野として6つのターゲットを掲げており、ライフサイエンスはその1つに位置付けられる。2025年3月には、日本再生医療学会の学会総会で微細塗布装置を用いた創薬実験用プレートの成果を発表しており、基礎研究の場で技術の存在感を高めてきた経緯がある。高濃度の細胞懸濁液から10pL単位で細胞を配置し、100以上の実験条件を同時に評価できるという構成は、創薬スクリーニングの効率向上に直結しうる。
同社は今後、3年程度をめどに装置の量産化を図り、創薬だけでなく、異なる細胞を近接配置して臓器に近い構造を模した「模擬臓器」づくりなど再生医療向け応用も見据える。工場由来の精密塗布技術が、細胞を「どこに」「どれだけ」置くかという制御を担うことで、実験データの信頼性とコストの両方を支えるインフラになる可能性がある。静かに往復する針先の動きは、産業機械と生命科学が交わる新しい作業風景の一端を映している。
