オハイオ下院、下院法案469号提出でAI婚姻否定・法制度に波紋

夕暮れの州議会の廊下に、静かなざわめきが広がっていた。話題の中心は、人間どうしの婚姻ではない。人間とAIは結婚できるのか——である。オハイオ州下院のタディアス・クラゲット議員が提出した「下院法案469号」は、AIを非感覚的存在と定義し、法的人格を与えないと明記する内容だ。婚姻の無効化を含むとの報もあり、法制度の線引きをめぐる議論が熱を帯びている。

法案が描く線引き

法案の骨子は明快だ。人工知能システムを「感覚を持たない存在」として位置づけ、法的人格の取得を禁じるとしている。州法の新設条項として1357.01から1357.12までを一括で規定する構成で、技術政策の所管分野に分類されている。一次資料が示すのは、婚姻に限らず、権利主体になりうるかを正面から否定する枠組みであるという点だ。

法的人格を認めないという一線は、婚姻、財産の保有、代理権の付与、契約の当事者適格といった制度に波及しうる。AIが「人」として扱われないなら、婚姻という制度の扉も自然と閉じられる構図が浮かぶ。ただし、婚姻の無効化を条文として明記しているかについては、現時点で確認されている一次情報では人間の法的人格否認が中心であり、詳細は今後の審議で詰められるとみられる。

背景には、人間の意思決定をAIが代替する事態をどう防ぐかという懸念がある。相続や医療同意、財産管理といった分野で、AIが法的主体になれば想定外の権限行使が起きうるという見立てだ。技術が生活に密着するほど、法は境界を描き直すことを迫られる。今回の提案は、その境界に太い線を引こうとする試みと映る。

州議会での足取り

法案は2025年9月23日に下院へ提出され、10月1日に技術・イノベーション委員会へ付託された。現段階で本会議採決までは進んでおらず、委員会段階での議論が続く見通しである。提出から速やかに付託まで進んだ一方、条文が新設章を丸ごと定義する構造上、関係委員会での逐条審査に時間を要する展開も想定される。

委員会での争点は、AIの「非感覚的存在」規定の妥当性と、法的人格の包括的否認が将来の技術進展を過度に縛らないかという点に集まりそうだ。制度の先回りが必要との声と、過度な固定化は柔軟な規制設計を阻むとの懸念が交錯する。規定の射程をどこまでとするかが、修正協議の焦点になるとみられる。

提案者は下院第68選挙区選出のクラゲット議員だ。技術政策を所管する委員会での審査は、技術的定義と法的効果の二層を同時に扱うことになる。AIの概念が広く使われるなか、何をAIとみなすかの定義が曖昧だと、適用範囲が過大にも過少にもなりうる。定義の精緻化は、法運用の実効性と予見可能性を左右する。

社会の揺らぎと「人間の権利」

近年、対話型アプリやチャットボットに親密さを感じる人が増えているという指摘が相次いでいる。人間の相手がいても、AIとのやり取りに心の支えを見出す声は珍しくなくなった。法案はそうした現象そのものを制限するものではないが、AIに法的地位を与えないという線引きによって、人間の権利や責任の帰属を揺るがせにしない狙いがにじむ。

結婚は人格と人格の合意に基づく制度であり、誰がその主体になりうるかは法の根幹に関わる。AIを権利主体から外すという判断は、婚姻や相続、親子関係といった制度の安定を優先する姿勢とも読める。他方で、将来的に高度な自律性を備えたシステムが登場した場合、全面否認の原則が再検討を迫られるのではないかという問いも残る。

現時点で確認されている範囲では、法案は技術の進展に先回りして境界を描く「初動の法整備」といえる。一方で、生活の現場ではAIとの距離の取り方を個々人が模索している。人間が人間である根拠をどこに置くのか。制度が示す線と、社会が選ぶ距離感のあいだに、これからの議論の余白が広がっている。