京都地裁 工藤会系組幹部 田中幸雄被告が起訴否認 王将元社長大東隆行さん銃撃事件

「王将社長銃撃」初公判 組幹部が全面否認、法廷に遺族の叫び

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26日午前、京都地裁の法廷に静かなざわめきが広がった。黒縁の眼鏡を指で押し上げた男が、傍聴席を一瞥して被告席に座る。特定危険指定暴力団・工藤会系の組幹部、田中幸雄被告(59)だ。2013年に「餃子の王将」を展開する王将フードサービス社長だった大東隆行さん(当時72)が銃撃され死亡した事件の初公判で、田中被告は起訴内容を否定し、自らの無実を強い調子で訴えた。

遺族の叫びが響いた法廷 初公判が突きつけた重さ

初公判の法廷には、限られた席を求めて多くの市民が詰めかけた。52席の傍聴席に対し136人が抽選に並び、事件からおよそ12年を経ても関心の高さがうかがえた。 被害者参加制度を使って出廷した親族は、検察官の横に設けられたついたての陰で審理を見守る。全国チェーンのトップが出勤途中に銃撃されたこの事件は、企業社会の脆さと暴力団の影を象徴する出来事として、今も人々の記憶にとどまっている。

一方で、被告人質問に先立って行われた人定質問の場面では、法廷の空気が一変した。田中被告が「決して犯人ではない」と強調して無罪を主張したことに対し、親族の一人が感情を抑えきれず声を荒らげ、審理が一時中断されたのである。傍聴席からはすすり泣きも漏れ、銃撃で突然家族を奪われた側と、濡れ衣だと主張する側との距離の大きさが、静まり返った法廷に重くのしかかった。

検察側は冒頭陳述で、現場近くに残されていたたばこの吸い殻から検出されたDNA型が田中被告と一致したことや、防犯カメラ映像に映る人物の体格・歩き方などが被告と類似している点を列挙した。 他方で、自白や決定的な目撃証言はなく、物証も間接的なものにとどまるとされる。被害者遺族の切実な思いと、刑事裁判が「疑わしきは被告人の利益」という原則のもとで進められる現実とのあいだには、埋めがたい溝が横たわっている。

「知的ヒットマン」と評された男の素顔

田中被告は福岡県出身で、首都圏の大学に進学したものの青山学院大を中退し、その後は旅行代理店など複数の民間企業を渡り歩いたとされる。会社員として働いた時期を経て、暴力団の世界に足を踏み入れたのは30代になってからだ。比較的遅い年齢で組に入った背景には、サラリーマン経験で培った対人スキルや事務処理能力が買われた面もあるとみられ、組織内では当初から「外の社会を知る人材」として一定の役割を担っていたという。

やがて田中被告は、工藤会傘下の有力団体の中で「汚れ仕事」を担う人物として頭角を現した。2008年には大手ゼネコン社員らが乗った車を銃撃した事件で、フルフェースのヘルメット姿で発砲し車体に弾痕を残したとして起訴され、懲役10年の実刑判決を受けている。服役中に今回の王将社長射殺事件で逮捕された経緯から、危険な任務をいとわない実行役、いわゆる「ヒットマン」として組織から重宝されてきたとの見方も根強い。

一方で、周辺関係者は田中被告について、拘置所で月に10冊近い本を読み漁る読書家だと証言する。「知的好奇心が強く頭の回転も速い」との人物評もあり、暴力を生業とする組員像とは一線を画す印象を持つ人も少なくない。各紙の報道によれば、公判は来年3月までに計12回の証人尋問などが予定され、6月に結審、10月16日に判決が言い渡される見通しだ。 膨大な間接証拠と、知的で冷静な自己弁護を続ける被告像とをどう結び付けて評価するのか、裁判所の判断が厳しく問われる局面に入っている。

参考・出典

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