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記者や研究者が見守るなか、ニューヨークの会場で静かに稼働していたのは、ごく普通のサーバーラックに見える箱だった。中に収まっているのが、Quantinuumが2025年11月5日に商用化を発表した量子コンピューター「ヘリオス」だ。98個の量子ビットを備え、世界で最も高精度とされる計算能力が、金属の筐体の奥で淡々と動き続けている。
ヘリオスが塗り替えた量子計算の基準
ヘリオスの特徴は、量より質に振り切った量子ビット設計にある。98個の物理量子ビットのどの組み合わせでも2量子ビットゲートの忠実度は99.921%、単一ゲートは99.9975%とされ、従来機H2を上回る。さらに誤り訂正により48個前後の論理量子ビットへと圧縮しつつ性能を保つことで、Googleの「Willow」チップなど既存の頂点級マシンを複数のベンチマークで凌いだと独立研究チームは報告している。
量子ビットの品質がここまで高まると、姿を現す現象も変わる。ヘリオスはGoogleが量子優位性実験に使ったランダム回路サンプリング課題を実行し、同等の処理を古典スーパーコンピューターが模倣すると10の25乗年かかると見積もられた。それでいて必要な電力はサーバーラック1台分ほどだという。企業自身だけでなく外部の評価でも、現時点で最も強力な量子計算プラットフォームの一つとして位置づけられつつある。
超伝導を「作って観る」量子ビット実験室
高い精度は、机上の指標にとどまらない。ヘリオス上では、銅酸化物などの高温超伝導体を説明するフェルミ・ハバード模型の大規模シミュレーションがすでに走っている。2025年11月公開のプレプリントでは、電磁場で誘起される非平衡状態や、d波・s波のペアリング相関といった超伝導の核心部分が、複数のモデルで直接測定できたと報告された。実材料では観測が難しい量子状態を、仮想結晶の中で「作って観る」ことが可能になりつつある。
Quantinuumは、ヘリオスを「量子ビットで組み立てた実験室」と表現し、光で誘起される超伝導の探索や磁性体の研究に活用していると説明する。古典計算だけでは扱いきれない相互作用を量子側に任せ、結果の解析や設計は従来のスーパーコンピューターが担うという役割分担だ。もしこの手法が定着すれば、新しい電池材料や触媒など、材料科学の理論検証と仮説づくりの流れそのものが、静かに書き換わっていくだろう。
企業利用と次世代ロードマップ
商用機としてのヘリオスも動き出した。Quantinuumは2025年11月に、世界で最も高精度な汎用量子コンピューターとしてヘリオスの提供開始を宣言し、初期顧客としてAmgen、BMW Group、JPMorgan Chase、ソフトバンクなどの名を挙げた。制御系にはNVIDIAのGPUが組み込まれ、Python上で動く新言語「Guppy」を通じて古典計算と量子計算を一つのプログラムで扱えるという。さらにシンガポールには2026年、実機を設置し研究拠点を構える計画も公表されている。
同社のロードマップでは、2027年に100個規模の論理量子ビットを持つシステムを実現し、10年代末には数百論理ビットへ拡張する構想が示されている。論理量子ビットとは誤り訂正を施した安定な計算単位であり、その数が増えるほど実社会の問題に直接挑めるようになる。DARPAの量子ベンチマーク計画やNVIDIAの研究センターにもヘリオスとその後継機が組み込まれつつあり、日本ではソフトバンクを通じて産業界がこの計算資源に触れる機会が広がりそうだ。
巨大な理論や将来像とは対照的に、その装置はただ淡々と冷却され、微かな振動だけを残して動き続ける。その静けさの中で、次の材料や技術の種が育ち始めている。
