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北上市の温泉街に朝の湯けむりが立ちのぼる中、17日、行方が分からなくなっていたレフェリーの笹崎勝巳さん（60）が亡くなったとの報が広がった。女子プロレス団体マリーゴールドのロッシー小川代表がXで「こんな最期はありえない」と悼み、関係者やファンの間に衝撃が走った。現場近くではクマ1頭が駆除され、捜索は緊迫の色を帯びたまま続いたとみられる。
湯けむりの街で起きた突然の別れ
17日、北上市内の温泉旅館近くで身元不明の遺体が見つかった。前日16日に露天風呂の清掃中に行方不明となっていた男性の捜索が続いており、現場周辺ではハンターが出動し、襲ったとみられるクマ1頭が駆除されたという。静かな渓流の音に混じり、捜索隊の無線が短くはねる。山あいの空気はどこか張り詰め、地元の人々の表情にも疲労が滲んでいたと映る。
露天風呂の周囲では血痕や体毛とみられる痕跡が確認されたとする報もあり、現場の緊迫は夜通し続いた。行方不明となっていたのは長年リングを支えたレフェリーの笹崎勝巳さん。朝の冷たい湯気が立つ時間帯、旅館関係者は互いに声を掛け合いながら足場を確かめ、川沿いの藪を目で追った。救いの糸を探るような動きが、町の時間を重くしたといえる。
身元の最終確認や死因の詳細は当局の捜査に委ねられている。現時点で確認されている範囲では、16日の行方不明通報を受け、翌17日に遺体発見、周辺でのクマの駆除という時系列が重なる。痕跡の評価や個体との関連性は専門機関の鑑定待ちであり、いたずらに断定を急がない姿勢が求められる。山の静けさに戻りきらない現場の空気が、余韻のように残る。
リングを見守り続けた寡黙な人
小川代表は17日、「こんな最期はありえないし残念無念」とXで報告した。最後にレフェリーとして立ったのはマリーゴールドのリングだったといい、全女時代の後輩で、寡黙だが仕事に厳しかったと振り返った。まだ幼い娘が二人いることにも触れ、言葉を失うような喪失感がにじむ。リングサイドの白い手袋、微かなジェスチャーが眼差しの記憶と重なる。
元レスラーの豊田真奈美は、優しく穏やかな人柄だったと悼意を寄せた。堀田祐美子は全女大量離脱や団体の苦境をともにくぐった縁を語り、最近も会場で娘の話を嬉しそうにしていたと回想した。センダイガールズの里村明衣子は、団体が厳しい時期に支えとなってくれた存在だったと述懐し、今年1月にもレフェリーを務めてもらったと記した。断片的な追憶が、ひとりの職人の姿を立ち上がらせる。
観客から見れば、レフェリーは試合の影に回る存在である。だが、リングの呼吸を整え、危険の芽を摘み、選手の物語を前に進める最後の砦でもあった。笹崎さんの所作には、無駄がなかったと語る関係者は多い。カウントの間合い、選手の体調を察する眼、リング中央の静けさを取り戻す手のひら。そうした「見えない仕事」の積み重ねが、長い時間を経て尊敬に変わったとみられる。
山と街の間で、私たちは何を守るか
北上山地を背にした町では、秋が深まるにつれクマとの遭遇情報が増える傾向がある。木の実の出来や気温のぶれが行動圏に影響することは専門家が繰り返し指摘してきた。今回の現場は人の営みと山の境界に近く、作業時間や動線が重なった可能性がある。明かりや音、匂いの管理、藪の刈り払いといった地道な作業が、事故の確率を下げる。小さな配慮の総和が安全につながると映る。
一方で、突然の悲報は、個人の慎重さだけでは越えられない課題の存在を示す。地域の通報体制や、出没時の迅速な注意喚起、現場で働く人への具体的な訓練が欠かせない。捕獲や駆除の基準、被害後の検証、情報共有の透明性も求められる。今回の痛ましい出来事を単なる不運で済ませず、現場に根ざした対策に落とし込めるかどうか。問われているのは、喪失を次の安全へと変える力だ。
リング上で選手の生命を守ってきたレフェリーが、生活の現場で命を落としたという現実は重い。関係者の言葉が静かに広がり、花束が置かれ、灯りがともる。山は変わらずそこにあり、町もまた日常を続ける。だからこそ、私たちは境界に目を凝らす必要がある。笹崎さんが紡いだ丁寧な仕事に、次の安全の作法を重ねたい。深い悼みとともに、その思いが広がっている。
