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ロンドンの病院で、失われた「読む力」を呼び戻す小さな光がともった。網膜の下に埋め込む極薄のマイクロチップと、カメラ付き眼鏡を組み合わせた新技術である。2025年10月20日に国際治験の結果が公表され、地図状萎縮を伴う加齢黄斑変性の患者が再び文字や数字を読めたという報は、治療が乏しい領域に新しい選択肢を描き出したと映る。
小さなチップが開いた読みの回路
手術室の灯りの下で挿入されるのは、2ミリ四方で髪の毛の半分ほどの厚みしかない微小な光電チップだ。外科医は網膜中心部に作った極小の“扉”からチップを滑り込ませる。患者は術後、カメラを内蔵した眼鏡と小型のポケットプロセッサーを装着する。この装置が赤外線でインプラントへ像を投影し、電気信号に変えて視覚経路へ送り返す仕組みである。
映像処理にはAIが関与し、主被写体の強調やズームを担う。インプラントが受け取った情報は網膜と視神経を通って脳に届き、失われていた中心視の“代替回路”が立ち上がる。訓練を経れば、頭部の安定やスキャン動作で文字列を追えるようになり、読書や文字認識の手がかりが戻る構図だ。手術時間は熟練の硝子体網膜外科医で2時間未満とされる。
この国際治験は5か国17拠点で38人が参加し、ロンドンのムーアフィールズ眼科病院は英国で唯一の会場となった。結果は「驚くべきもの」と評され、失明状態だった目であっても義眼的な視覚を介し、文字や数字、単語の読取りが可能になった。単なる“見える”ではなく「読む」という行為が回復した点に、この装置の転換点としての意味が宿る。
データが示す到達点と限界
公表された成績では、参加者の84%が文字・数字・単語の読取りに成功し、視力表の平均5行分に相当する向上が確認された。治験対象はいずれも中心視を失い、周辺視のみが残存していた重症例である。読取りという複雑な機能の回復が群として示されたことは、地図状萎縮における機能改善のエビデンスとして重い意味を持つとみられる。
地図状萎縮は網膜の光受容細胞が崩れ、中心視が欠けていく進行性疾患だ。世界でおよそ500万人が影響を受けるとされ、有効な根治的治療は限られてきた。今回の結果は、市場承認申請に向けた道筋を開く材料と位置づけられたが、現時点で一般診療に用いることはできない。費用や長期安全性、耐久性についても、今後の検証が欠かせない。
また、この技術は網膜に到達した信号が視神経から脳へ伝わる生理的経路を前提とする。視神経そのものの障害など、情報伝達の下流が途絶している病態には適さない可能性が高い。手術後は数か月単位のリハビリが必要で、視覚の“言語”を学び直すような過程を伴う。到達点と同時に、適応や訓練という現実的な限界も輪郭を見せる。
変わる治療地図、広がる期待と課題
今回用いられたデバイスはPRIMAと呼ばれ、開発の系譜にはフランス発の研究と米国企業による改良が重なる。ムーアフィールズは2022年に英国初の埋め込みを実施し、2025年に国際共同試験の成果が示された。既存治療が進行抑制を主眼としてきた領域で、読取りという機能の回復を示した意義は大きい。一方で長期の実装には医療現場の訓練や体制整備が欠かせない。
外科的手技は標準化が進みつつあり、訓練を受けた硝子体網膜外科医であれば安全に施行できるとされる。だが、臨床の出口に至るには、規制審査、機器の保守、患者向けリハビリの仕組み、そして費用対効果の検証が待っている。新しい視覚を脳に“学習”させる時間も必要だ。医療技術だけでなく、制度と現場を含むエコシステムが問われている。
読み上げテストに集中し、ゆっくりと文字列を追う指先。成功のたびに表情がほどけていく。治験現場の空気は慎重さと喜びが同居する。現時点で確認されている範囲では、読書や印字物の確認など日常の行為が再開できた例が重なっている。視覚を取り戻す“近道”ではないが、「読む」という営みが再び暮らしに戻る。そんな未来図が広がっている。
