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国防総省の会議室で、機種名が並ぶリストにF-35が加わった。サウジアラビアが導入を打診し、米政府内で協議が静かに進んでいる。実現すれば中東の抑止構図に変化が生まれ、イスラエルの質的軍事優位(QME)の運用も改めて問われる。手続きはまだ途上だが、節目をひとつ越えた気配がある。
協議が進むF-35売却の実像
2025年5月13日、米サウジ間でF-35購入に関する協議が行われていると報じられた。関係者の話として、リヤド側は数年来の関心を改めて示し、米側と選定や条件の擦り合わせに入ったという。すでに同機を実戦運用するイスラエルの存在を踏まえ、装備の仕様や移転管理の精査が続く構図である。
その後、サウジの要請が国防総省内の重要な関門を通過したとの報も伝わった。最終判断ではないにせよ、技術的・政策的な初期審査を進めるシグナルと受け止められる。規模や引き渡し時期は流動的だが、複数飛行隊を視野に入れる検討とみられ、空軍力の更新を急ぐリヤドの思惑がにじむ。
一方で、米側は地域の緊張と供給網の逼迫も勘案せざるを得ない。F-35は統合作戦網やセンサー群と一体で力を発揮するため、教育訓練や維持整備の枠組みまで含めた長期契約となる。単なる機体販売にとどまらず、運用体系の移行を伴う重い選択が続く。
QMEという見えない線引き
米国は武器移転を判断する際、イスラエルのQMEを維持する義務を所掌機関に課している。国務省の政治軍事局が国防総省などと連携し、移転案件の審査や議会向け報告を担うのが原則だ。2008年の関連法に基づく評価も運用され、地域バランスへの影響が常に測られている。
F-35はステルスとセンサー融合で状況認識を拡張し、同盟国のネットワークに接続する性能が核にある。イスラエルは既に飛行隊を整備し、独自改修を含めた運用で優位を確保してきた。サウジへの供与は仕様差や運用制限の設計が前提となり、QMEを損なわない線引きが求められる。
線引きは性能だけで決まらない。訓練の深度、データへのアクセス、兵站の独立性といった「使い方」の設計が抑止の質を左右する。米国が中東の抑止と同盟管理を両立させるなら、装備・情報・運用の三層で差を付ける手法が引き続き鍵になるだろう。
手続きの段取りと残るハードル
たとえ省庁内の関門を越えても、対外有償軍事援助(FMS)の枠組みでは、政府間交渉、最終署名、議会への正式通知といった段階が続く。国務省が政策整合性を点検し、国防総省が技術的妥当性を詰め、全体として米国の利益と同盟管理に資するかを見極める手順である。
現時点で最終決定には至っていないとの見方が強い。地域情勢と米国内の政治日程、他の防衛協力パッケージとの組み合わせ次第で、設計は細部から変わり得る。機体の引き渡し時期、搭載兵装、データ取り扱いの条件など、実務項目の多くが交渉の核心に残っている。
滑走路の端でエンジン音を待つ段階にはないが、図面の上では線が増えている。抑止の秤に乗るのは機体そのものだけではない。訓練空域の静けさ、整備庫の光、画面のデータの流れまで含めて、少しずつ重さが加わっているように見える。
