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砂漠の風がやむ夕刻、エジプト・シャルム・エル・シェイクに各国の車列が滑り込み、イスラエルとハマスの代表が同じ建物に入った。2025年10月6日、ガザ戦争の出口を探る間接協議が始まった。前日の10月5日には、ドナルド・トランプ米大統領が「迅速に行動せよ」と促し、米国が示した20項目の和平案にハマスが一部同意したことを受けての再始動である。空爆がなお続く中、停戦と人質解放への道筋は見えるのかという緊張が会場の空気に漂った。
砂漠の会場で動き出した“第1段階”
協議は10月6日に開始され、エジプトとカタール、米国が仲介に入り、双方は同じ部屋に入らない間接方式で進められている。イスラエル側はロン・ダーマー氏らが、ハマス側はハリル・アル・ハイヤ氏がそれぞれ代表とされる。現時点で確認されている範囲では、初期合意の焦点は停戦入りと人質解放、そして限定的な部隊後退に置かれているとみられる。
米案の“第1段階”は、ガザで拘束が続く人質の全解放を最優先とし、その実行に合わせてイスラエル側の拘束者の釈放や部隊の段階的後退を伴う構成である。ハマスが残る48人の人質（うち約20人は生存とみられる）を短期間で解放する代わりに、ガザへの人道アクセスの拡充が進むという絵姿が語られている。ネタニヤフ首相は交渉を「最大でも数日間に限定」と強調し、速戦即決のムードが広がっている。
ただ、道のりは単純ではない。人質解放の段取りや、どの拘束者を交換の対象に含めるかで駆け引きが続くのは必至である。さらに、部隊後退の線引きや治安の空白をどう埋めるのかという難題が横たわる。偶然の追い風に見えるのか、それとも積み上げた外交の必然なのか。会場の静けさとは裏腹に、当事者たちの時間感覚はきわめてシビアだと映る。
ハマスの“部分同意”と残された沈黙
ハマスは米国の20項目案の一部に同意し、遺体を含む人質の全解放に応じる用意と、ガザ統治を技術官僚に委ねることに前向きな姿勢を示したと報じられている。一方で、イスラエルが最重要視する武装解除について、現時点で明確な受け入れ表明はない。主要な要求とされてきた「ハマスは戦後統治に関与しない」という一線にも、公式の言及は乏しいままである。
この“柔軟化”は、仲介国の圧力や現地の疲弊が重なった結果とみる向きがある。長期化する戦闘で、ガザの人々は安全と復旧を最優先に求める声を強めている。ハマスにとっても、軍事的対峙だけでは得られない政治的利益が浮かぶ一方、過度の譲歩は支持基盤の離反を招きかねない。どこで折り合うのかが、和平案の成否を左右すると言ってよい。
米案は、戦闘停止と人質・囚人交換、そして段階的な部隊後退と統治移行という三つの歯車で回る。ハマスが受け入れた範囲は限定的とみられるが、交渉のテーブルで詰める余地を残したこと自体が前進という評価もある。武装解除を含む核心部分はこれからで、譲れない一線をどう扱うかが、誰にとって有利な“取引”なのかを決める分水嶺になる。
止まらない爆撃、現場の体温
交渉の陰で、爆音は止まっていない。6日の時点で、イスラエル軍はガザでの空爆や砲撃を続け、直近24時間で少なくとも19人が死亡したとガザ保健当局は伝えた。軍側は「兵士防護のための限定的な防御的打撃」と説明するが、現場では住宅地の被害が積み上がる。戦闘開始以降のパレスチナ側の死者は6万7千人超に達し、傷痍の人々が街にあふれている。
イスラエル側でも、2023年10月7日の襲撃で約1200人が犠牲となり、251人が拉致された事実が重くのしかかる。人質家族は早期解放を求め、交渉に賭ける思いを強めている。和平の糸口が見えれば痛みを伴う交換にも応じるべきだとの声が上がる一方、過度の譲歩に反発する世論も根強い。国内政治の圧力は、交渉の柔軟性を狭める要因として横たわっている。
ガザ市内では、爆煙の向こうに“停戦”の二文字を探す暮らしが続く。避難を繰り返す家族、薬を待つ子ども、瓦礫をかき分ける救助隊。交渉が一日延びるごとに、命のカウントが増えるという実感が広がっている。人々の視線は、紙の上の合意が現場の静けさに変わるのか、それとも再び失望へ傾くのかに注がれている。
「時間が重要だ」米国の圧力と仲介の座標
10月5日、トランプ氏は自身の発信で「交渉はかなり成功している」「第1段階は今週中に完了と聞く。全員が迅速に行動せよ」と訴え、「時間が重要だ。さもなければ大量の血が流れる」とも記した。米国は人質解放を実現するため、空爆の停止が必要だとの立場を示し、交渉参加者にスピード感を求めている。誰に向けた“催促”なのかという問いが浮かぶ。
米政府のマルコ・ルビオ国務長官は、今回の協議が人質全員の解放に最も近い局面だとの見方を示した。エジプトのシーシ大統領も演説で米案を支持し、地域秩序の安定に資すると評価した。会場には米大統領特使のスティーヴ・ウィトコフ氏やジャレッド・クシュナー氏の名も並び、仲介の座標はエジプトとカタール、米国の三角で形作られていると映る。
交渉が成功すれば、ガザの統治は移行期の枠組みに委ねられ、復興と治安維持の新しい設計図が動き出す。失敗すれば、前線では再び火力が強まる恐れがある。柔軟性をどこまで許容するのか、譲れない一線をどう棚上げするのか。いま問われているのは、誰の“勝ち負け”でもなく、戦場の時間を止められるかどうかである。
