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2025年11月10日の衆院予算委員会で、手元の資料をめくりながら、高市早苗首相が言葉を継いだ。奈良公園のシカへの暴力行為を巡る総裁選での発言の根拠を問われ、地元の観光業者や奈良県警に寄せられた相談、そして自ら英語圏の旅行者に注意した経験まで示した。観光が戻る今、ルールの伝え方が政治の論点として浮かび上がった。
国会で示した「根拠」と意図
同日の質疑で、高市首相は「ルールに逸脱する実例があるのに見て見ぬふりはできない」と答え、奈良公園の来園マナーに関する相談が地元から寄せられていると説明した。自身がシカの足を蹴った旅行者に注意した体験にも触れ、現場での違反行為を看過しない姿勢を示した。
一方で首相は「決して排外主義ではない」とも述べた。観光客が急増するなか、ルールを知らない来訪者が増える構図を示し、「日本人による加害もある。日本人も外国人も、してはいけないことはしてはいけない」と強調した。奈良公園のシカ（国の天然記念物）を守るための普遍的な線引きを掲げた形だ。
総裁選所見発表での発言を巡っては、野党側が根拠をただし、立憲民主党の西村智奈美氏は撤回を求めた。首相は「一定の根拠がある」として応じず、発言の意図はマナー啓発と安心の確保にあると繰り返した。政治的な対立軸になりがちな論点を、現場での対応にどう落とし込むかが問われた。
奈良公園で起きていること
奈良公園では、混雑時の接触や餌やりのトラブルが課題になってきた。昨年7月には、現場での多言語の呼びかけが強化され、DJポリス（群衆に向けて親しみやすく注意喚起する警察官の呼称）が日本語・英語・中国語でマナーを案内する取り組みが導入された。観光の回復とともに、伝え方の工夫が求められている。
県は都市公園のルールを明示し、施設の損傷やごみの放置、鳥獣類の捕獲・殺傷などを禁止行為として定めている。さらに今年4月、運用の一部が見直され、シカへの暴行など加害行為を禁止行為に明文化する枠組みが示された。看板やデジタルサイネージの掲示も増え、現場の注意喚起は広がっている。
事故対応の面では、出産期や繁殖期にシカが神経質になる時期の注意が重視される。過度な接近や不適切な餌やりは、人とシカの双方にリスクをもたらす。対策の焦点は、行為の国籍ではなく、具体的な行動に置かれている。丁寧な説明と見える化されたルールが、園内の安心を底支えしている。
観光の作法をどう伝えるか
政治の場での応酬を経て、残るのは現場での説得力だ。多言語サイン、音声アナウンス、動画での実演など、行動の「前」に届く仕組みはすでに動き始めている。違反の摘発だけに寄らず、来園直後の導線で注意点を伝え、体験の流れに自然に組み込むことが、安全と満足の両立につながる。
説明の粒度も鍵になる。例えば「鹿せんべい以外を与えない」「子鹿に触れない」といった短い行動指針を、ピクトグラムや色分けで示す。加えて、違反時の具体的リスクや禁止の理由を簡潔に添えると、納得は高まりやすい。エビデンスに基づく啓発は、対立を避け、協力を得る近道になる。
奈良公園のシカは、地域の記憶と観光の象徴だ。首相が語った「奈良県民の特別な思い」を出発点に、行政と観光業、来園者が共有できる合意のかたちを整える。国籍を問わず同じルールを、やさしく確実に伝える設計が、にぎわいの持続性を左右していく。
