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湿った海風が止む夕刻、タンザニアの街は怒りと緊張に包まれている。2025年10月29日の大統領・議会選から抗議が連鎖し、31日も各地で衝突が散発した。若者を中心に「不公正な選挙」を糾弾する声は大きく、夜間外出禁止と通信遮断が続くなか、現場の実像はなお見えにくいままである。
抗議の広がりと当局対応
抗議はダルエスサラーム、ムワンザ、アルーシャなど主要都市へ拡散した。投票所周辺ではタイヤが燃え、道路封鎖や投石が断続的に発生した。当局は警察と軍を増派し、ダルエスサラームに外出禁止を敷いたほか、複数地域で人の往来と集会を厳格に制限した。治安当局トップの警告に抗議者が従わない場面も目撃され、緊張は長引いている。
政府側は暴力の規模を小さく捉え、「各地で個別の事案が起きている」との認識を示している。建物破壊の報告や略奪の未然防止を理由に、迅速かつ断固とした対応が必要だったと強調し、秩序回復を最優先課題と位置付ける姿勢だ。通信遮断についても、さらなる混乱と偽情報の拡散を抑える安全対策だと主張している。
現時点で確認されている範囲では、医療現場からの証言が緊急性を物語る。ダルエスサラームの医療関係者は30日以降、病院は死傷者で逼迫し遺体安置所も満杯だと語る。通信遮断と移動制限が重なり、被害の集計や救急搬送の連携は困難さを増す。こうした「情報の断絶」は、治安の回復と透明性の確保という二つの要請を鋭く突き合わせている。
死者数をめぐる隔たり
選挙は2025年10月29日実施。抗議は同日から少なくとも3日続いた。野党チャデマは死者が「700人近く」に上ると主張し、一部報道では外交筋が「少なくとも500人」と証言したとされる。一方、国連は複数都市で少なくとも10人の死亡を確認と伝えられ、政府は暴力は局地的と反論する。11月1日、選管がサミア・スルフ・ハッサン大統領の再選（得票率約98％）を発表したと報じられた。
数字の大きな乖離は、通信遮断と治安上の制約により独立検証が滞っていることに起因する。病院に搬送されない負傷者や、夜間の鎮圧で所在が追えない人々の存在が推測され、集計の漏れや重複が避けがたい。医療従事者の証言は「見えない被害」の可能性を示唆するが、公的な死者数の確定には時間がかかるとみられる。
比較の文脈では、近年アフリカ各地で選挙期の通信遮断が批判を浴びてきた経緯がある。国際人権基準は表現・集会の自由を保障し、必要性と均衡性を欠く遮断は過剰とされる。今回も同様に、遮断が誤情報の抑制に資する一方、被害の把握と説明責任を曇らせる負の作用が顕在化していると映る。
政治的背景と選挙の構図
抗議の核心には、主要野党指導者の拘束や資格排除といった前段の政治過程がある。野党は、候補不在や手続き上の排除が民主主義の競争性を奪ったと批判し、若年層を中心に投票棄権やボイコットの動きが広がったと訴える。街頭での怒りは、選挙の日付だけでなく、数年来の政治的閉塞への不満を帯びている。
サミア大統領は2021年、マグフリ前大統領の死去を受けて就任した。当初は弾圧緩和で評価されたが、その後は反対派への摘発が続いたとの批判が絶えない。今回も小規模政党の届出は受理されたものの、実効的な対抗馬不在という構図が濃く、選挙管理と政治的公正の距離が問われた格好だ。
半自治のザンジバルでも与党系の勝利が伝えられる一方、野党は「大規模な不正」を主張した。空路の遅延や観光客の足止めも報告され、政治の緊張が経済活動へ波及する兆しが出ている。制度上の二重構造をもつ同国では、本土と諸島の選挙運営や治安対応の差異が、統治の信頼性に直結することが改めて浮き彫りになった。
地域と国際社会の反応
国連は治安部隊に対し、不必要な武力行使を控え、表現と集会の自由を尊重するよう呼びかけている。複数の欧米諸国も最大限の自制と独立調査を求め、選挙の正当性と統治の安定は透明性と説明責任にかかると指摘する。要は、秩序回復と権利保障の両立をどう実現するかが焦点だ。
周辺ではケニア国境のナマンガで催涙ガスが使用されるなど波紋が及んだとされ、物流や観光の停滞が懸念される。都市部の外出禁止と航空便の乱れは、労働移動や物資供給に遅滞を生み、零細商工業ほど打撃が大きい。政治の緊張が長期化すれば、投資心理と通貨・物価にも連鎖しかねない。
11月1日に再選発表が伝えられたことで、次の焦点は「どのように異議を包摂するか」へ移る。通信の段階的復旧、拘束者の扱い、独立した事実確認の枠組みづくりが試金石となる。抗議が収束しても、数字と記憶をどう記録するかという課題は残る。技術と政策の歩調は、なお探り合いの最中にある。
