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理化学研究所の齊藤隆ユニットリーダー(研究当時)らが、東京大学医科学研究所、滋賀医科大学と組み、ヒト酵素TMPRSS2を標的にしたモノクローナル抗体を開発した。ウイルスの侵入で不可欠な「細胞側のスイッチ」を断ち切り、動物で多様な変異株の感染を抑えたという。変異に強い新しい治療の道が開ける可能性がある。
細胞側のスイッチを狙う発想
新型コロナ対策は、これまで主にスパイクたんぱくを狙うワクチンや抗体医薬に依存してきた。だがスパイクは変異しやすく、効果減弱が避けにくい。研究チームは発想を転換し、ウイルスが人の細胞に入る際に使う酵素TMPRSS2に目を向けた。国内ではいまも年に約100万人規模の感染が続くとされ、変異に左右されにくい対策の必要性は薄れていない。
研究の共同発表は2025年9月11日、理化学研究所と東京大学医科学研究所、滋賀医科大学の連名で行われた。齊藤隆ユニットリーダー(研究当時)らが中心となり、理研の創薬抗体基盤や構造解析の各チーム、東大医科研のウイルス研究、滋賀医科大学の病理が肩を並べた体制で進められている。
論文は科学誌iScienceのオンライン版に9月8日付で掲載された。研究チームは、ウイルス側ではなく宿主側を標的とすることで、変異株の置き換わりが続く状況でも原理的に効果を保ちやすい点を強調する。従来から知られるTMPRSS2阻害剤ナファモスタットはin vitroで有効だが、生体内での不安定さが課題だった。抗体なら標的に長く留まり、機能を発揮できる見込みがある。
動物で確かめた“全株阻止”
チームはヒトTMPRSS2を免疫して複数のモノクローナル抗体を樹立し、阻害能の強い候補を絞り込んだ。細胞実験では、上皮細胞やヒト肺オルガノイドに感染させた際、武漢系統からオミクロンに至るまで広い系統の株で感染抑制が確認された。変異の進み方が違っても、細胞側因子を遮る設計なら一貫して効くという理屈が、実験の挙動にも表れた格好だ。
次にマウスとカニクイザルで確かめた。ヒトACE2とヒトTMPRSS2を持つノックインマウスでは、感染直前に抗体を投与すると肺中のウイルス量が約10分の1に下がった。サルでは感染後の投与でも体温上昇が抑えられ、ウイルス量もおよそ20分の1に低下した。予防でも治療でも動き、しかも宿主側を狙うので変異への耐性が見込めるという強みが見えてくる。
構造解析も詰めている。クライオ電子顕微鏡で抗体とTMPRSS2の複合体をとらえ、抗体が酵素の活性中心を邪魔せず、スパイク―ACE2―TMPRSS2の相互作用を阻む位置に結合することを示した。二つのエピトープが明確になり、機能と構造の整合性がとれたことで、薬理作用の納得感が高まった。酵素活性そのものを止めない点は、安全性評価を進めるうえでも重要になる。
新薬化への距離と課題
本抗体はすでにヒト化され、前臨床の段階に入っている。投与のタイミングは予防と治療の両面で可能性が示唆され、粘膜局所への投与法など選択肢も広い。ウイルス変異に煩わされない宿主標的というコンセプトは、長期戦を見据える上でも合理的である。臨床へ進めば、既存の抗ウイルス薬やワクチンと補完し合う位置づけになり得る。
一方で、現時点で確認されている範囲では、動物モデルでの有効性が中心であり、ヒトでの安全性や用量、投与経路はこれから詰める必要がある。SARS-CoV-2は細胞内小胞経路を使う侵入ルートも持つため、臨床での使いどころは病期や部位で最適化が要るだろう。とはいえ、変異の波に左右されにくい治療という地図が描かれた意味は大きい。臨床試験での検証が進み、季節性の流行や将来の新興株に対する「守りの切り札」として成熟するかどうかが次の焦点になる。