英国、解熱鎮痛剤、トランプ自閉症発言無視を呼びかけ

米国のドナルド・トランプ大統領が、妊娠中のアセトアミノフェン服用と自閉症を結びつける発言を行ったことを受け、英政府が即座に火消しに動いた。ウェス・ストリーティング保健相は2025年9月23日、妊婦に「医師とNHSを信じて、トランプ氏の主張は無視してよい」と呼びかけ、規制当局も安全性は変わらないと明言した。

英保健相「医師を信じて、トランプ氏は無視してよい」

ロンドンの朝の情報番組に生出演したストリーティング保健相は、画面越しに視聴者へまっすぐ語りかけた。トランプ氏がパラセタモール（アセトアミノフェン）と自閉症を結びつけた発言を広めた直後の2025年9月23日、保健相は「妊婦のパラセタモール使用と子どもの自閉症を結びつける証拠はない。いっさいない」と言い切り、判断のよりどころを政治家ではなく臨床の現場に置くよう促した。根拠として示したのは、スウェーデンで行われた兄弟間比較を含む大規模研究である。約240万人の出生データを縦断的に追い、母親の妊娠期のパラセタモール使用と、自閉症や注意欠如多動症などとの関連を検証したが、有意な関連は見いだされなかったという。番組内で保健相は、ワクチンをめぐる誤情報にも言及し、「科学に従うべきだ」と繰り返した。政治の熱が高まる季節でも、医療の判断は冷静なデータの上に置くという姿勢を明確にした格好だ。

英規制当局と国際機関が示す評価は一貫

英国の規制当局も素早く対応した。医薬品医療製品規制庁（MHRA）は2025年9月22日、妊娠中のパラセタモール使用は従来どおり安全であり、自閉症の原因であるという証拠はないとする声明を公表した。翌23日には医療者向けの安全性最新情報を追加し、患者には用量を守り必要最小限の期間で使うという基本原則を伝える一方、痛みや発熱を放置するリスクにも注意を促した。英国の公的医療の入口であるNHSの既存ガイダンスに変更はない。国際機関も同調する。世界保健機関（WHO）は、妊娠中のパラセタモール使用と自閉症の因果関係を裏づける一貫した科学的証拠は確認されていないと示し、政策判断は検証されたデータに基づくべきだと強調した。こうした発信は、政治的なメッセージが先行しても、臨床の現場が頼るべき標準は揺らいでいないことを示す。関連研究の一部に統計的な関連を示唆する結果があっても、交絡やバイアスの影響を慎重に吟味するのが科学の作法であり、結論を跳躍させないという点で各機関の立場は一致している。

米国ではFDAがラベル変更手続きを開始、ただし因果は未確立

一方の米国では、規制当局の動き方に独自の文脈がにじむ。米食品医薬品局（FDA）は2025年9月22日、アセトアミノフェン製品の安全性ラベルについて、妊娠期使用と神経発達症の可能性をめぐる情報を反映する変更手続きを開始した。医師向けの通知も出し、近年の疫学研究で報告された関連に注意を促している。ただしFDA自身が、因果関係は立証されておらず、反対の結果を示す研究も存在する、と明記している点は重要だ。解熱鎮痛の実務では、妊娠中の高熱を適切に下げることが胎児の安全にも資するという基本がある。代替薬の選択肢には妊娠期に制限がかかるものもあるため、現場では個々の症状と既往歴を踏まえて医師と相談し、最小有効量・最短期間の原則で使うという実践が続くべきだろう。トランプ氏の強い言葉が注目を集める一方、米国内の専門家や報道機関は誇張や誤解を正す検証記事を相次いで出しており、診療ガイドラインの根拠は依然として総合的な証拠の評価に置かれている。

「不安」にどう向き合うか――妊婦がいま知っておきたいこと

今回の騒動が突きつけたのは、強い言葉が人々の不安を一気に増幅させる現実だ。科学が積み上げる証拠は多層で、単一の研究から即断しないという慎みが要る。英国では、規制当局と公的医療が同じ方向を向き、必要なときにパラセタモールを第一選択として用いる基本を繰り返し確認した。これは「痛みを我慢せよ」でも「安易に常用せよ」でもない。症状の程度、持病や併用薬、妊娠の経過といった要因を、かかりつけ医や助産師と共有しながら見立てを定めるという当たり前の手順である。過度の恐怖は受診の遅れや自己判断の中止につながりやすい。いま必要なのは、ラベルや注意喚起の文言に一喜一憂するのではなく、信頼できる公的情報を確認し、自分の体調の変化に即して医療者と対話することだ。英国の保健相が投げかけた「医師を信じて」というメッセージは、政治の是非を超えて、日々のケアの現場に最も近いところで効いてくる。