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男たちが丘を下り、火の筋が農地を走った。2025年11月12日 未明（現地11日夕）、ヨルダン川西岸のトゥルカレム東方ベイト・リド周辺で、イスラエル人入植者（入植地に住むイスラエル人住民）らが農地や施設を襲い、放火が相次いだ。現場の映像や住民の証言が重なり、乳製品工場の被害や車両の炎上が確認された。イスラエル軍（IDF）は部隊派遣と複数の身柄確保を発表し、警察も4人を逮捕した。収穫期の風景に、暴力の影が深く差し込んでいる。
炎上したトラック、遅れて着いたサイレン
住民が差し出した動画には、濃い煙が一帯を覆い、女性の叫び声が遠近で重なる中、男性たちが消火器やバケツを抱えて走る姿が映っている。焼け焦げたトラック、曲がった鉄骨の小屋、割られた車の窓も見える。被害は農地にとどまらず、アル・ジュニーディ乳業の施設や周辺の集落にも及んだという。消火の到着は出火から約1時間後とされ、初動の遅れが被害の広がりを許した可能性がある。
IDFは声明で、覆面のイスラエル人らがパレスチナ人を襲撃し、建物に放火したとの通報を受けて兵士を派遣したと明らかにした。現場では4人のパレスチナ人が負傷し避難、治安部隊は「暴動鎮圧手段」を用いて介入し、数人のイスラエル人を拘束したという。入植者が兵士をも襲い、軍用車両が損傷したとの発表もある。現地にいた市民の目撃談や映像の内容と、軍の説明が部分的に重なっている。
イスラエル警察は、この「極度の暴力」を受けてイスラエル人の容疑者4人を逮捕し、取り調べていると発表した。現場での聞き取りや記録映像の収集、鑑識作業を進めているという。近年、入植者による襲撃で逮捕や起訴に至る例は多くないと指摘されてきたが、今回の拘束は捜査の進展を示す初期の動きである。火の跡が残る農地で、住民は長引く緊張の行方を見つめている。
収穫期を直撃する連日の暴力
ヨルダン川西岸（イスラエルが1967年以降占領する地域）では、オリーブの収穫期に合わせるように、入植者による襲撃が増えると言われる。ことしも例外ではなく、10月中旬以降はほぼ日常的な頻度で事件が報告されている。国連人道問題調整事務所OCHA（国連の人道支援を調整する機関）は、10月の入植者攻撃を少なくとも264件と集計し、2006年の統計開始以降で最多と示した。期間中の平均は1日8件に達し、人的被害と財産被害が混在している。
オリーブは現地の家計や共同体の結び目で、収穫期の妨害は生活の基盤を直撃する。畑への道での襲撃、木々の伐採、収穫物や道具の盗難に加え、今回のような放火は被害を一気に拡大させる。OCHAの更新では、今季の被害は地理的にも広がり、前年までと比べて影響を受ける町や村の数が増えている。火や石が投げ込まれるたび、次の収穫に向けた手当てが遠のく構図が続いている。
8日には、ナブルス近郊ベイタ周辺で、収穫に集まったパレスチナ人や同行した活動家、記者らが入植者に襲われ、複数が負傷した。現場には明確に「PRESS」の標識を付けた記者も含まれ、棒や石による攻撃が報告された。収穫の場に居合わせた人々は、兵士が現れなかった、あるいは到着しても攻撃が止まらなかったと証言している。収穫の一日を守るはずの同伴や通報が、十分に機能しない場面が重なっている。
治安当局の対応と、地域に残る不安
今回の放火では、IDFが出動し、警察が容疑者4人を逮捕した。軍は一連の暴力を非難し、地域の「安全と秩序の維持」を続けるとした。声明の文言は従来と大きく変わらないが、軍用車両への損傷や兵士への攻撃も併発した点は緊張の質の変化を示す。現場で襲撃に立ち向かったイスラエル人活動家も負傷しており、対立の線引きがあいまいになる時間帯が増えている印象がある。
制度面では、被害発生のたびに民間防衛や消防が呼ばれるが、通報からの到着まで時間がかかる指摘が続く。可燃物が多い畑や資材置き場で出火すれば、1時間の遅れが致命的になる。今回も同様の遅延が語られた。地域の交通や検問、夜間の危険情報など、救援側の事情は複雑だが、収穫期の集中警戒や臨時の対応経路の確保といった「物理的な改善」だけでも被害の総量は抑えられるはずだ。
一方で、被害の立証や加害者の特定には映像と証言の収集が欠かせない。今回、監視カメラに工場襲撃の様子が記録され、軍と警察の発表もそれを参照した。違法なアウトポスト（当局の認可を受けない小規模入植地）周辺では、覆面や夜間行動が多く、個々の追及は難しい。それでも、拘束・逮捕の公表が重なれば抑止につながる余地はある。収穫期が終わる前に、まず火を遠ざけるための現実的な措置が求められている。
焦げ跡の匂いが残る畑で、止まった手作業だけが静かに時間を刻んでいる。
