本サイトの記事や画像はAIが公的資料や報道を整理し制作したものです。ただし誤りや不確定な情報が含まれることがありますので、参考の一助としてご覧いただき、実際の判断は公的資料や他の報道を直接ご確認ください。[私たちの取り組み]
機内での足止めが解け、乗客がゆっくりとタラップを降りた直後、イスラエル当局が動きの理由を口にした。2025年11月15日、当局は南アフリカに到着したパレスチナ人153人について、第三国から入国許可の承認が得られていたと明らかにした。出国印の欠如で生じた混乱は、見えない「承認」の存在によって補完される形になった。
見えない承認という条件
イスラエル国防省傘下の占領地政府活動調整官組織(COGAT、パレスチナ地域の民事調整を担う部局)のシミ・ズアレッツ報道官は、受け入れ先となる第三国から承認を得た後にのみガザ住民の出国を認めたと説明した。承認国名は開示されていないが、出国の可否を左右する鍵が国境の外側に置かれていることを示す発言である。
匿名のイスラエル当局者は、移送を調整した団体が避難者全員分の第三国ビザをCOGATに提出していたと述べた。誰が航空機を手配したのかは判然としないが、書類の整合が出国支援の前提として扱われたという構図がうかがえる。渡航の主体が個々の避難者ではなく、書類を束ねる仲介組織に移っている点が特徴だ。
ズアレッツ氏は、COGATが医療を要する患者、二重国籍者とその家族、第三国ビザ所持者についてイスラエル経由での出国を支援してきたと説明した。2023年10月7日以降に出国を支えた人数は4万人超に上るとし、軍事衝突の裾野で続く行政的な移動が、積み重ねによって大きな規模に達している実態を示した。
南アでの足止めと判断の転換
153人を乗せたチャーター機は2025年11月13日にヨハネスブルクへ到着したが、乗客の旅券にイスラエルの出国スタンプがなかったため、国境当局の判断で機内待機が続いた。足止めはおよそ12時間に及び、入国審査の前段で「どこから来たのか」を証明できないという問題が露呈した。
その後、南ア内務当局はNGO「ギフト・オブ・ザ・ギバーズ」が宿泊先の提供を申し出たことを受け、乗客の入国を認めた。入国したのは130人で、残る23人は乗り継ぎで他方面へ向かった。慈善団体は、今回の便や10月28日に176人を運んだ前回の便の手配主体は不明だとし、移送の段取りが公的記録に残りにくいことを物語った。
出国印の欠如は、武力衝突下の領域管理と越境の現実がぶつかる典型例である。出国の管理手段が機能しない場面では、入国側が保護と秩序維持の両面から重い判断を迫られる。今回の転換は、居場所の確保という即応の条件が満たされたことで行政判断が柔らいだことを示し、現場の裁量の幅も浮き彫りにした。
人の移動をめぐる重なり合い
第三国の承認を条件にした出国と、到着地での人道的受け皿という二重の仕組みは、戦時の移動を成立させる最小限のフレームになっている。入国を約束する国が見えにくいままの移送は、書類不備や責任の所在を曖昧にしやすく、結果として乗客の長時間拘束という形で表に出る。今回もまさに、その継ぎ目が露出した。
南アの大統領は「押し流されたようだ」との趣旨で事態を評したと伝えられる。背景には、避難の意思と受け入れの制度が必ずしも同じ速度で動かないという現実がある。COGATが「外国からの要請にもとづく」と強調する一方で、到着地の当局は目の前の人びとに対し、法と人道の折り合いをその場でつけなければならない。
書類の整合と人道措置のはざまで行き交う判断は、国境の線上で続く。静かな出迎えが続く空港の通路に、行政の意思決定の重さが滲んでいた。
人の命を運ぶ仕組みが、紙片の重みだけで揺れないように思う。