鈴木健太知事が自衛隊派遣を要望、人身被害続発で現場圧迫

秋田県でクマによる人身被害が止まらない。26日、鈴木健太知事が防衛省に自衛隊派遣の検討を要望する考えを示した。県と市町村だけでは支え切れない現場が広がり、法制度の壁と住民の安全をどう両立するかが問われている。緊張が続く秋の暮らしの中で、現場の声と数字が重なりはじめたと映る。

現場で続く緊張と数字が示す重さ

収穫期の畑や集落のはずれで、音もなく背後に気配が寄る。26日朝には県内で農作業中の80代女性が襲われ、頭部を負傷した。住宅の近く、いつもの生活動線の延長にクマが入り込む場面が増えている。警戒の鈴や声かけが日常の一部になり、人々の足どりは慎重さを増しているとみられる。

県の取りまとめでは、2025年10月27日 09:00時点で人身被害は50件54人に達した。7月31日には北秋田市で女性が死亡し、10月にも死亡事案が確認された。遭遇場所の多くは生活圏の「里」で、散歩や農作業、見回りの最中に起きている。ふだんの行為が一瞬にして危険に転じる、その近さが数字に刻まれている。

県は目撃が例年を大きく上回っているとして、ツキノワグマ出没警報の期間を5月8日から11月30日まで延長した。さらに9月1日から10月31日を「秋のクマ事故防止強化期間」と位置づけ、音出しや電気柵、廃棄物管理などの徹底を促している。警報と周知が重ねられても、現場の緊張は和らがないのが現状である。

知事が求める「非常時の力」と法のハードル

こうした状況を受け、鈴木知事は26日、県と市町村のみでは対応の限界に近いとの認識をSNSで示し、防衛省に対し自衛隊派遣の検討を求める意向を明らかにした。今週にも同省を訪問する方向で調整しているとされ、警察や猟友会に偏った現場負担を一時的にでも緩和したい狙いが浮かぶ。

一方で、クマの駆除そのものを目的にした自衛隊出動を明確に定めた法令は見当たらず、通常の災害派遣のように直ちに進む構図ではないとみられる。安全確保や捕獲の実務は自治体と猟友会が担ってきた歴史があり、権限の整理、要請の要件、費用負担など解くべき論点は多い。知事の球は速いが、ルールの盤面は複雑だ。

県は有害捕獲の強化、巡回や見回り体制の補強、情報共有システムの活用などを積み上げてきた。それでも出没は生活圏の内側へとにじみ、対応の遅れが次の事故を呼ぶ悪循環が生まれやすい。必要なのは、緊急の人的支援を現場へ素早く届ける仕組みであり、どの組織がどこまで役割を担うかの再設計である。

「会わない」ための手立てを現実に落とす

県は音で存在を知らせる、家屋や小屋の施錠を徹底する、農作物や生ごみを放置しない、侵入の痕跡を見つけたら速やかに通報する――といった基本の行動を繰り返し促している。首から上の損傷が多い現実を踏まえ、防御姿勢の周知も進む。遭遇しない工夫こそ最大の安全策だという前提が共有されつつある。

集落周辺のクリやカキの管理、電気柵の設置、廃棄作物の確実な処分など、生活の細部を見直す取り組みは地味だが効果がある。単独で山野に入らない、見通しを妨げるやぶを刈る、子どもの通学路に注意喚起を重ねる。地域ぐるみの小さな手数を、出没ピークの時期にどれだけ維持できるかが鍵になるとみられる。

自衛隊派遣の要請が実を結ぶかはなお不透明だが、今この瞬間の安全は地域の手に委ねられている。生活圏での目撃が相次ぐ現実を前に、住民・自治体・専門家の知恵と労力を束ね、危険の芽を一つずつ摘み取る構えが求められている。次の一手を急ぐべき時が来ていると映る。