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秋田の里にクマの気配が濃くなっている。秋の実りを前に、人里での遭遇が連鎖し、住民の行動は細かく揺れている。秋田県警のまとめでは３日現在、今年は２２件で２３人が被害を受け、１人が死亡とされる。鹿角市と大館市では、襲撃を生き延びた男性２人が体験を語り、日常のすぐそばにある危うさを突きつけた。季節の匂いと緊張が交錯している。
秋の山里で重なった二つの遭遇
鹿角市十和田大湯のクリ林。２０２５年１０月２日 09:40頃、７６歳の男性は自宅近くの耕作放棄地で栗を拾っていた。ヤブの奥から気配。思わず両手を振って「こら」と声を張ると、体長１メートル余りのクマが約３０メートルを一気に詰めてきた。手にしたバケツで応戦し、脚で蹴りも入れたが、右手首と肘に噛みつかれ、地面に押し倒された。立ち上がって大声を上げると、クマは森に消えたとみられる。
シャツは裂け、倒れ込んだ拍子にクリのイガが顔をかすめ、右目付近も傷ついた。男性は市内の病院に搬送され感染症予防の治療を受け、１０月３日に退院した。７月には箱ワナ近くで遭遇し、静かに後ずさりして難を逃れた経験もあるという。今回はイノシシと誤認して威嚇した判断が響いた。山の常識が通じない瞬間があることを、体の痛みが語っているように映る。
もう一人は大館市雪沢の７７歳の男性だ。９月１０日夜、自宅前のブドウ畑を一人で見回っていた。数年前からイタチやタヌキの被害に悩まされ、ネットと発光型の撃退器を２台設置していた。雨の中、山側から低いうなり声。「ウウゥ」と聞こえた直後、顔に一撃を受けて地面に倒れ込んだ。鼻の骨折と頭部の裂傷で三十数針を縫い、８日間入院。小動物だけに気を取られていたと振り返り、家の目の前でもクマは出るという現実が胸に残った。
数字が告げる緊張と「どこでも遭う」前提
秋田県警のまとめでは３日現在、今年のクマによる人的被害は２２件・２３人、うち１人が死亡とされる。現時点で確認されている範囲では、被害の舞台は山林の作業場から自宅前の畑まで広がり、時間帯も朝から夜まで偏りが小さい。一部報道によれば「いつでも・どこでも・誰でも」遭遇し得るとの警戒が繰り返され、生活圏の縁が曖昧になっている構図が浮かぶ。
注意喚起の要点は変わらない。見通しの悪いヤブや水辺に一人で入らない、入るなら鈴やラジオで存在を知らせる、熊ベルに頼り切らず周囲の音と匂いに敏感でいる。痕跡を見たら引き返す、日没前後の作業を避ける、収穫物や生ゴミを放置しない。いずれも当たり前だが、当たり前を欠いたわずかな隙が被害の口火になる。二つの事例が示すのは、日常のルーティンほど“油断の罠”になりやすいということだ。
被害の質も重くなっている。突進の初撃で転倒し、頭部や顔面を負傷するパターンが目立つ。逃げる背中に食いつかれる前に、姿勢を低く保ちつつ距離を取る判断が要る。威嚇が逆効果になる場面もある。相手が親子グマならなおさらだ。誰に有利な行動かを一瞬で見極めるのは難しいが、遭遇の前提で動けば余地は生まれる。数字は冷徹だが、準備でしか埋められない差がある。
対策は動き出すが、現場は待ったなし
１０月１日、秋田県の鈴木知事は県議会で「これまでと次元が違う状況」と述べ、新しい対策の検討に言及した。高齢化が進む猟友会の負担や、公的な安全確保の体制をどう再設計するかという課題も口にし、将来的な「公務員ハンター」の可能性を国に要望する考えを示した。従来の延長線では届かない現場の声が、ついに政策議論の土俵に上がり始めたと映る。
一方で、住民と事業者の工夫はすでに始まっている。電気柵の設置や監視カメラの導入、藪を刈って緩衝帯を広げる取り組みなど、里と森の境界を可視化する試みが各地で進む。ただ、設置後の維持管理と費用、地形や土地所有の事情が絡むため、いますぐ一斉に広げるのは難しい。だからこそ、地域の事情に合わせた小さな施策を束ね、季節ごとに見直す機動力が鍵になるとみられる。
現場で命を守る第一歩は「遭わない準備」だ。単独で山際に入らない、子連れのクマを想定し視界と退路を確保する、音で存在を知らせつつ、風上から近づかない。畑や果樹は熟す前に収穫を急ぎ、放置した果実は片づける。遭遇時は不用意に背を見せず、落ち着いて距離を取る。男性二人の体験は、明日、同じ場所に立つ私たちの教科書になり得る。偶然ではない前提で暮らしを組み替えたい。
