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卸の倉庫に並ぶパレットが早朝から目に見えて減っていく。飲食店の仕入れ担当が電話を重ね、欲しい銘柄の確保に走る。アサヒグループホールディングスのサイバー攻撃に端を発したシステム障害の余波で、ビール大手3社が一部商品の出荷を調整することが6日に分かった。切り替え需要の急増に在庫が追いつかず、酒販店や外食現場では品薄の懸念が広がっている。安定供給と顧客関係、どちらを守るべきかという難題が浮かぶ。
何が起きているのか
発端は2025年9月29日に公表されたアサヒグループのシステム障害だ。受注や出荷など国内業務の停止が相次ぎ、メール不通も生じた。10月3日にはランサムウェア攻撃を受けたと公式に明かされ、復旧時期は未定とされた。供給の遅延が見込まれたことで、飲食店では「当面は他社で回す」という判断が広がり、需要が一気に他社に流れた構図である。
6日までの1週間で、業務用の樽・瓶を中心に注文が跳ね上がったと関係者は語る。普段は季節要因や商戦期に合わせて滑らかに動くはずの発注の波が、今回は突然押し寄せた。既存の生産・物流の枠組みでは即時の増産は難しく、メーカー側は「まずは既存の取引先に欠品を出さない」ことを最優先にせざるをえないとみられる。現場の焦りと調整の空気がにじむ。
一部報道によれば、アサヒは10月6日に国内ビール工場の操業再開に言及し、影響の局所化を急いでいると伝えられた。ただ、受注・出荷のシステム停止は続き、手作業や代替フローでの供給に頼る日々が続く。サイバー攻撃という見えない要因が、販売の最前線で具体的な「在庫」と「納期」の問題に変わって現れていると映る。
メーカー3社の動きと「守る相手」
ビール各社は一斉にブレーキとアクセルを踏み分けている。キリンビールは2025年10月9日出荷分から、業務用の「一番搾り」など樽や瓶の一部を出荷調整すると周知した。サッポロビールも業務用「黒ラベル」を中心に、自社の既存顧客を優先しつつ出荷を絞る対応に入った。サントリーも一部商品の出荷調整を実施していると説明している。
背景には、生産計画の硬直性がある。ビールは麦芽の仕込みから熟成、パッケージング、物流まで工程ごとに計画が組まれ、需給の急変に即応できる幅は大きくない。タンクや缶充填のラインは直前で増設できず、工場シフトも簡単には動かない。結果として、メーカーは「広く薄く」出すのではなく、飲食店や業務用の既存ルートを優先し、卸向けの出荷を抑制する判断に傾く。
誰に有利なのか。目の前の欠品を避けたい既存顧客か、新たに切り替えた飲食店か。業界全体での出荷調整は異例とされ、短期的には市場の選別が起きやすい。価格や販促より「確実に届くこと」の価値が上がり、取引の粘着性も高まる。他社への切り替えが進む一方で、アサヒの供給が戻れば再び銘柄が戻るのか。偶然の波か、必然の再編か、現場は手探りでバランスを探している。
サイバー攻撃の爪痕はどこまで
アサヒは10月3日の発表で、攻撃がランサムウェアによるものであること、個人情報の漏えい可能性の痕跡が見つかったことを示した。遮断措置で被害拡大を防ぐ一方、国内グループ各社の受注・出荷や問い合わせ対応に影響が継続。10月6日週にかけて電話受付の再開準備を進めるとし、商品供給を最優先に部分的な出荷再開を進める方針を打ち出した。
供給網の寸断は、メーカーだけでなく卸や飲食店の在庫設計にも跳ね返る。定番樽の回転が滞れば空樽回収やライン切り替えの段取りにも影響し、メニューや価格の一時的な見直しを迫られる可能性もある。新商品は投入タイミングが生命線だが、発売延期が相次ぐと販促計画の立て直しが必要になる。サイバー攻撃の一撃が、流通と販売の細部に長い影を落としているとみられる。
復旧の道筋はなお不透明だ。一部報道では、アサヒが10月2日に国内のビール工場の操業を再開したとの情報もあるが、受注・出荷のシステム全面復旧の見通しは示されていない。短期は「欠品を出さない配分」、中期は「信頼の回復」、長期は「サイバー耐性の再構築」が焦点になる。現場の混乱を最小化しながら、いつ、どこまで戻せるのか。指標は日々の棚と樽の動きに表れる。
