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焼結炉の設定温度を落としても、試験片は曇らずに光を通した。第一稀元素化学工業が開発した新しいジルコニア粉末は、レアアースを使わずカルシアで安定化し、耐久性を保ちながら透明感を引き出す。2025年10月22日に公表され、同社のセラミックス材料「DURAZR-S」に新銘柄「HSY-0774」として展開を見込む。安定供給と加工性の両立が焦点になる。
低温で緻密に、透明度を伸ばす
一般的なセラミックス用ジルコニア粉末は、焼結で相を安定させるためイットリアなどのレアアースを使うことが多い。新粉末は入手性の高いカルシアを安定化剤に選び、組成を緻密に整えることで、高い温度をかけずとも必要な緻密化に到達させる。これにより、従来の工程で課題だった濁りの発生を抑え、透過性の高い焼結体づくりに道を開いた。
焼結温度は通常条件から約200℃低い領域で狙いの密度に達するという。温度負荷を抑えることで粒成長の制御が効きやすくなり、微細な欠陥の発生も抑えられる。仕上がった焼結体は靭性や強度といった基本性能を維持しつつ、光学部材に求められる透明感を確保。高温プロセスに頼らないことが、むしろ材料の表情を素直に引き出した格好だ。
工程の要であるHIP（熱間等方圧加圧）も、これまでの条件を踏まえながら適用できる設計とした。低温側に寄せた前工程での緻密化が効き、HIP後の内部欠陥は少なく、面粗さの仕上げも短い。最終工程の手当てが軽くなる分、加工リードタイムや歩留まりへの効きも期待される。積み上げの工夫が、透明度と耐久性の両立に実を結んだ。
レアアース依存からの転換が生む余裕
原料の選択が供給の安定に直結する時代、レアアース不使用は調達の振れ幅を抑える打ち手になる。カルシアは広く流通し、価格や供給量の読みが立ちやすい。ジルコニウム原料についても同社は自社のバリューチェーンで確保できる体制を持ち、粉末から焼結体まで見通した供給の強さを重ねた。材料起点でサプライチェーンの脆さをほぐす狙いだ。
同日、株式市場では開発の知らせを好感する動きが出た。背景には、安定化剤を巡る地政学的な意外性を減らし、需要家の在庫運用や価格交渉のストレスを軽くする期待がある。工程温度の低減がエネルギー負荷や設備の疲労を抑え、製造現場の余裕にもつながる見立てもある。材料の選び方を変えることが、製造計画の手触りまで変えていく。
レアアースの高機能性は確かで、用途によっては替えが利かない場面もある。今回の粉末は、その一部で選択肢を増やす提案に近い。特性や加工条件の許容範囲を見極めながら、どの部品にどの粉末を当てるかを組み替える。足元の需給や価格だけでなく、長い時間軸での供給安定を織り込むことが、ものづくりの設計に重みを与える。
実装の視線とシリーズ展開
新粉末は同社のセラミックス材料「DURAZR-S」の新銘柄「HSY-0774」として加える方針だ。シリーズの中で透明度と加工性を押し上げる位置づけとなり、構造材や外観部材での適用が進む余地がある。イットリア系で培った粉末設計や焼結ノウハウの蓄積を、カルシア系に移植するかたちで磨き込む。既存ユーザーが条件を移しやすい丁寧な仕様が鍵になる。
適用に向けた評価では、表面処理やポリッシングの工程短縮がテーマになる。前段の低温化で粒界の整いが良くなれば、鏡面までの工程数は減り、工具の負担も軽い。加工の微振動が光学的なムラにつながりやすい部品ほど効果は読みやすい。一方で、硬さや靭性のチューニングには用途ごとの最適点があり、シリーズ内の番手展開で受け皿を広げていく。
現時点で公表された内容は、粉末設計と工程設計の両面での改良を端的に示すものだ。温度を下げて透き通らせるという逆説的なアプローチは、設備負荷の軽減や電力コストの平準化にも波及する。開発現場で積み上げた小さな最適化が重なり、製品群の中で静かに効いていく。炉の窓に映る焼結体の輪郭は、少しだけ鮮明になったように見える。
