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カナダ首相府は1日、欧州連合（ＥＵ）が創設した防衛基金「欧州安全保障行動（ＳＡＦＥ）」への参加で合意したと明らかにした。ＥＵが用意する最大1,500億ユーロ規模の共同調達枠にカナダ企業も関与できる道が開け、対ロシア抑止と対米依存の見直しを同時に進める一歩となる。今後、誰がどのコストを負い、どのような安全保障の地図が描かれるのかが問われている。
装備調達の現場で何が変わるのか
ＳＡＦＥはＥＵ加盟国に低利融資を行い、その資金で弾薬や無人機などを共同調達する基金だ。今回の合意でカナダの防衛企業も案件に参加しやすくなり、欧州市場へのアクセスと投資誘致の可能性が一気に広がる。受注を勝ち取れれば、生産ラインの増強や技術投資を通じて国内の雇用や研究開発にも波及しうる。
一方で、ＡＰ通信が配信した記事によれば、これまでカナダの軍備投資の7割超は米国企業に向かってきたという。トランプ米大統領による通商摩擦や挑発的な発言を背景に、カーニー政権は対米一本足の調達構造を改め、欧州との長期契約を増やして装備の調達先を分散させようとしている。現場の調達担当者にとっては、為替や政治リスクを分散できる半面、新たな相手先との交渉負担も増す。
首相府の発表では、政府内に新設される「防衛投資機関」が案件の審査や手続きの一本化を担うとされる。中小を含むカナダ企業にとってＥＵは魅力的な市場だが、欧州の規格や輸出管理への適合、人材や設備への先行投資は避けられない。ＳＡＦＥは商機であると同時に、企業がどこまでリスクを取れるかを試す制度でもある。
EUの防衛基金SAFEが変える力学
ＳＡＦＥは、ロシアの侵攻と米国の関与への不安を受け、ＥＵが2025年にまとめた防衛強化計画「レディネス2030」の中核をなす。ＥＵ理事会の資料では、2030年までに最大1,500億ユーロの融資を通じて加盟国の防衛生産能力を底上げし、弾薬やミサイルなどの供給不足を解消するとともに、ウクライナの防衛産業も巻き込む構想が示されている。
同じ第三国でも扱いは一様ではない。英国は参加に向け協議したものの、拠出額を巡り折り合えず11月末に交渉が決裂したと、ロイター通信や欧州メディアは報じている。これに対しカナダは、ＥＵとの安全保障・防衛パートナーシップを足場に合意へと進み、欧州域外で唯一、優先的なアクセスを得る方向だ。ＥＵ側にとっても、信頼できるＮＡＴＯ同盟国を産業チェーンに組み込む狙いがある。
欧州委員会は、こうした枠組みを通じて「欧州製の装備を欧州で調達する」流れを強め、ＮＡＴＯとの補完関係を維持しつつも自律的な防衛産業基盤を築こうとしている。カナダの参加は、その輪を北米の一角まで広げる試みであり、米国中心だった大西洋安全保障の力学に静かな修正を加える可能性がある。日本から見ても、同盟の軸が多極化する流れとして注視すべき動きだ。
誰がコストを負担し、どんなシナリオが待つか
もっとも、ＳＡＦＥが魔法の財布というわけではない。融資を受けるのは主にＥＵ加盟国であり、将来の返済は各国財政を圧迫し得る。カナダ側も、競争力を保つためには研究開発や設備投資に公的支援を追加する必要が生じかねない。新たな市場参入は、納税者にとってもリターンとリスクを伴う賭けであり、短期の受注だけでは正当化しにくい。
もし今後、米国の欧州関与がさらに後退すれば、ＳＡＦＥとカナダ参加は、ＮＡＴＯ内での装備調達の「保険」として重みを増す。一方で、欧米それぞれが独自の産業政策を進めれば、規格の分断や重複投資を招く懸念もある。日本を含む他の同盟国にとっても、どの枠組みにどこまで関わるかという選択は、避けて通れない論点になりつつある。
カナダがＥＵの枠組みに踏み出したことで、装備調達の重心は一層多極化する。安全保障の空白を埋める試みであると同時に、誰がどの期間コストを負うのかという長い時間軸の問いを、静かに突き付ける決断でもある。
