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地下鉄タワーヒル駅を出ると、横断幕を掲げた市民が足を止める。中国の新しい大使館が建つ予定の旧王立造幣局跡を見上げながら、通行人にビラを配る人もいる。ロンドン中心部で進むこの計画について、英政府が近く承認に踏み切る見通しだと複数の英メディアが伝えている。決定の期限は2025年12月10日とされ、結論待ちの緊張が現場にも漂っている。
英政府判断の行方と情報機関の評価
計画されているのは、金融街シティに隣接するロイヤル・ミント・コートを中国大使館の新たな拠点とする案だ。完成すれば欧州で最大規模の中国大使館になるとみられ、事務棟や宿舎、会議施設などを備えた一大コンプレックスになるという。英情報機関MI5（国内担当）やMI6（海外担当）は、盗聴やサイバー攻撃のリスクはあるとしつつも、必要な対策を取れば管理可能だとの立場を示したと報じられている。この評価を受け、労働党政権はおおむね承認へ傾きつつあるとみられるが、国内世論にはなお戸惑いが残る。
ロイヤル・ミント・コートは2018年に中国側が約2億5500万ポンドで取得した歴史的な敷地で、当初は旧政権下で比較的順調に手続きが進むと見込まれていた。しかし地元自治体タワーハムレッツ区が安全や景観を理由に計画を退けたため、国の住宅・地域コミュニティ相が審査を引き継ぎ、準司法的な立場で最終判断を担うことになった。審査期限はこれまでに2度延長され、現在の締切が12月10日だ。北京では英国大使館の大規模改修が中国側の許可待ちとなっており、両首都の建設計画が外交関係の微妙な天秤になっている。
地下に走る通信ケーブルと市民の不安
反対派がとりわけ神経をとがらせているのが、敷地の地下を通る高度に機密性の高い通信ケーブルの存在だ。金融機関のデータや政府関連の通信が行き交うとされ、中国当局が大使館を足場に盗聴や監視を行うのではないかという懸念が繰り返し示されてきた。周辺ではデモや集会が続き、住民団体は詳細図面の多くが黒塗りのまま審査されているのは違法だとする法的意見書まで準備し、承認されれば司法審査で争う構えを見せる。一方でMI5の幹部は、夏に下院議長と行った非公開の会合で「リスクは制御できる」と説明したと報じられ、治安当局と地域社会の受け止めには大きな温度差がある。
度重なる延期に対し、中国外務省の報道官は英国が約束を守っていないと強く批判し、「結果は英国側が負う」と警告した。具体的な内容は明らかにしていないものの、北京では英国大使館の改修計画が事実上止まっており、象徴的な「報復」とみる見方もある。巨大な大使館は、単なる建物以上に、双方が相手をどこまで信頼しうるかを測る試金石になっている。ロンドンの中心部で進むこの計画が、経済協力を重視する現実路線と、安全保障への警戒感という2つの力の綱引きを浮かび上がらせている。
旧造幣局の白い外壁は、冬を前にした薄い光を静かに映している。門の外を通り過ぎる人々の多くは、ここで交わされている駆け引きの重さをまだ知らないまま、足早に駅へと向かっている。
