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秋の冷気が強まり始めた朝、各国の貯蔵基地では圧縮音が低く響いていた。国際ガス連盟（IGU）は2025年10月27日に報告書を公表し、中国が同年のガス地下貯蔵（UGS）拡大を主導、稼働ガス量を60億立方メートル増やし総容量は198億立方メートルに達したと示した。世界全体のUGS容量は2022年比で100億立方メートル増の4240億立方メートルとなり、需給の揺らぎに備える「緩衝材」が厚みを増した構図が浮かぶ。
中国が牽引した拡大、現場のスピード感
報告書が描くのは、中国の現場で進む急ピッチの増強である。2025年、同国は稼働ガス量を60億立方メートル積み増し、総容量は198億立方メートルに乗せた。寒波や猛暑に振れる需要をいなすための調整力を高め、国内パイプライン網の増強と歩調を合わせる投資が続いたとみられる。背後には発電需要の増勢と、価格変動に備える政策的な意図が重なる。
IGUは、トルコも迅速なペースで開発を進めたと指摘し、アジアでは拡大が続く一方で、需要の伸びにインフラ整備が追いつかない局面が残ると述べている。稼働ガス量とは、季節の山谷に合わせて取り出しと注入を繰り返せる「使える」天然ガスの量を指す。容量の数字が同じでも、どれだけ素早く出し入れできるかはまた別の技術力に左右されると映る。
開発の主役は、掘削を終えた天然ガス田である。2025年時点で世界のUGS施設は699カ所に達し、大半が枯渇ガス田を再利用している。既存の地質構造を活用することで大型の容量を確保しやすく、圧力管理や安全基準の蓄積も生かせる。運用の巧拙は冬場のピーク需要や突発的な輸入減に直結するため、容量の積み増しだけでなく、日量の注入・引抜能力の底上げが焦点になっている。
世界4240億立方メートル、順位が映す地政学
報告書によれば、世界のUGS容量は2022年比で100億立方メートル増の4240億立方メートルに到達した。国別では米国が1380億立方メートルで首位を維持し、ロシア、ウクライナ、カナダ、ドイツが続き、中国が6位に入った。北米と欧州の厚い貯蔵は、市場自由化とパイプライン網の歴史に根差し、需給調整の「呼吸」の深さを物語る。順位表ににじむのは、地政学リスクを抱えた地域ほど緩衝材の厚みを求める現実である。
2022年以降の欧州は、供給経路の再編とLNG受け入れの拡充に加え、UGSの高位運用を「新常態」として定着させた。冬場の在庫水準を高く保つことで価格の乱高下を抑え、ピーク電源としてのガス火力を機動させる狙いがある。こうした動きは米国の豊富なシェール由来の柔軟性とも共鳴し、世界のガスの流れを組み替えた。容量の数字の背後に、政策と市場の駆け引きが広がっている。
一方で、容量の増加が直ちに安心を意味するわけではない。注入・引抜の速度、地域間のボトルネック、価格シグナルの伝わり方が噛み合わなければ、在庫があっても「届かない」場面は起こりうる。IGUは、足元の拡大を評価しつつも、電化とデータ需要の増勢が重なる局面で、柔軟なインフラ投資と制度設計を緩めない重要性をにじませたといえそうだ。
アジアの宿題、日本の動きと地域の遅れ
アジア全体について報告書は、容量拡大は今後も続くとしながら、需要増のスピードに比べインフラ整備はなお遅れていると指摘した。LNG依存の高い市場では、受け入れ基地やタンクが緩衝材の役割を担ってきたが、域内の季節需要の振幅が拡大し、電力システムの変動が増すなかで、UGSの役割は相対的に重くなる。価格急騰の記憶が残るなか、備えの質が問われている構図である。
日本では、特定のサイトで容量増が進み、別のサイトで稼働が再開されたとされる。国内の地質条件や土地制約を踏まえると、UGSの拡大は容易ではないが、系統の調整力や発電の安定度を底上げする観点から、既存設備の高度化と運用改善が力点になりそうだ。LNG在庫とUGSの組み合わせで、寒波時の電力需給や都市ガス需要の山をいなす構えが広がっている。
トルコや中国が新設を積み上げる一方、アジアの多くの国では制度・規制・資金調達の「三重の壁」が立ちはだかる。UGSは長期投資であり、回収には安定した料金設計と市場ルールが欠かせない。電化や再生可能エネルギーの拡大と矛盾するものではなく、むしろ変動を吸収する「陰の主役」としての役割が強まる。足元の数字は前進を示すが、地域の宿題はなお残ると映る。
数字が示す先―価格変動と低炭素化のはざまで
UGS699カ所という裾野の広がりは、季節性と突発事象に耐えるための国際的な合意点を示している。原油や為替の揺れ、極端気象、地政学的リスクが重なる時代に、調整力の層を厚くすることは市場の「緊張」を和らげる。ガスは排出を伴う一方で、需要の急く産業と都市を支える現実的な役割を担い、短期の価格乱高下を抑えるにはUGSの存在感が高いままだとみられる。
他方で、メタン漏えいの削減や水素・バイオメタンとの共存など、低炭素化の要請はUGSにも及ぶ。枯渇ガス田の再利用は有力だが、帯水層や塩洞にも応用の余地が広がる。技術の選択は安全とコストに直結し、規制のアップデートと透明なデータ公開が鍵になる。IGUは産業界の知見を束ね、ベストプラクティスを示す立場にあり、指標づくりの舵取り役としての重みが増している。
容量の増加と運用の巧拙は、冬の一夜の室温にも、工場の一日の稼働にも直結する。数字は冷ややかだが、人の暮らしの温度に通じる。今回の報告書が投げかけたのは、単なる順位表ではなく、エネルギーの変動を受け止める器をどう育てるかという問いである。各国の現場で響く圧縮音の向こうに、確かな備えを積み上げる時間が流れている。
