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北京に入った政府機関の要人が足早に会場を後にしたのは、2025年11月8日の夜だった。米連邦捜査局（FBI）のカシュ・パテル長官が中国側と向き合い、合成オピオイドの一種であるフェンタニル流入と法執行協力を議題に据えた。10月30日の米中首脳会談で示された「対策の実行」を、現場の手順に落とし込む一歩である。
ひそかな訪中が示した優先課題
パテル長官は2025年11月7日に北京入りし、翌8日に中国政府高官と協議したとされる。訪中は事前公表されず、終了後も双方は詳細を明かしていない。それでも、議題がフェンタニル対策と越境犯罪の取り締まりで一致していた点は、関係機関の調整が動き始めたことを物語る。表舞台で交わされた合意を、実務でどう担保するかが焦点になった。
フェンタニル（強力な麻薬性鎮痛薬）は微量で致死量に達し、前駆体化学物質（製造に用いる原料）の追跡が要となる。長官の訪中は、供給網の上流に近い管理や、容疑者・証拠の所在が跨る案件での情報共有手順を整える狙いがあるとみられる。米財務当局が新たな作業部会の設置を示唆した経緯もあり、外交合意と捜査現場を結ぶ回路づくりが急がれる段階だ。
法執行協力は政治環境に左右されやすい領域である。過去にも高官往来が途絶え、共同訓練や証拠照会の遅延が問題化した例は少なくない。今回は首脳会談直後という時間軸が追い風だ。実務者の接点が保たれれば、薬物・資金・物流の三つの経路を同時に締める設計に近づく。長官の短い滞在は、その起点になった。
合意の数字と現場の手当て
10月30日の米中首脳会談では、米国がフェンタニル関連の追加関税を20％から10％へ引き下げると表明した。発効は11月10日で、対策の進捗を監視する前提つきだ。関税は圧力であると同時にインセンティブでもある。減額は「行動が伴えば緩める」という条件の可視化であり、以後の評価軸を数字で示した効果は小さくない。
一方で中国商務省は11月10日、薬物の前駆体に関わる管理を見直し、特定の化学物質について米国・カナダ・メキシコ向け輸出に許可を義務づけると公表した。輸出許可とは、特定品目の海外出荷に政府の事前承認を要する制度である。通関段階での審査と追跡が強化されれば、迂回や名義差し替えを抑える実務的な抑止力になる。
もっとも、化学物質の管理強化だけでは流通は止まらない。偽装貨物の摘発や、荷受け側の資金源遮断、オンライン販売網の監視まで連動して初めて効果が出る。米側が関税を「10％」で据え置く判断は、進捗の節目を刻む目盛として機能するだろう。輸出許可の運用実績、押収量の推移、送金経路の遮断件数といった指標が、次の調整を左右する。
会場の照明が落ちた後、残るのは手順と数字だ。静かな動きが、次の展開を待っている。
