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届出書が公表された2025年10月27日夜、台北の取引所サイトに数字が静かに並んだ。鴻海精密工業がAI開発・運用のための高性能計算基盤に最大420億台湾ドルを投じる計画を取締役会で承認したという。クラウド拡充と次世代の「スマートプラットフォーム」を見据え、同社の軸足がさらにAIへと寄る局面が浮かぶ。
420億台湾ドルをAIインフラに、鴻海が踏み切る理由
届出書によれば、投資総額は最大420億台湾ドル（約13.7億米ドル）で、執行時期は2025年12月から2026年12月までとされた。資金は手元資金を充当し、調達による希薄化や金利負担を避ける構えである。具体の投資先は明かしていないが、対象は高性能コンピューター群やスーパーコンピューター拠点の装置調達に集中するとみられる。
同社はスマートフォン中心の受託生産で成長してきたが、世界的にAI需要が高まるなかで収益源の多角化を急ぐ。現時点で確認されている範囲では、投資はクラウドコンピューティングサービスの基盤拡充を主眼とし、顧客の学習・推論需要の取り込みと自社の開発運用の両面を狙う。部材の調達から据え付け、運用までを束ねることで、利益の質を高める設計と映る。
背景には、先端GPUや電力設備の確保をめぐる国際的な競争がある。計算需要の爆発とエネルギー制約のはざまで、装置の標準化と電力・冷却の最適化を同時に進めた者が優位に立つ。製造とインフラの両輪を握る台湾勢の強みを、自社投資でさらに引き伸ばす狙いがにじむ。
投資の行き先—クラウド基盤と「三つのスマートプラットフォーム」
鴻海が掲げる「三つのスマートプラットフォーム」は、スマート製造、スマートEV、スマートシティの統合基盤を指す。AI工場の運営や自動化ラインの最適化、車載向けの高性能計算、都市インフラのデジタルツインなど、用途は広い。今回の投資はクラウドとエッジをつなぐ計算資源を太くし、これら三領域の横断的な実装速度を引き上げる効果が期待される。
届出書は装置調達とだけ記すが、想定されるのは学習と推論の双方に対応するGPUクラスター、超高速ネットワーク、電力・冷却を含むデータセンター設備である。クラウド側の計算を厚くしながら、工場や車両、都市設備に分散するエッジでの推論を組み合わせる構成が現実的だ。生成AIの運用コストを抑え、実装の反復速度を上げるには、この二層の最適化が鍵となる。
同社にとっては、受託生産で培った供給網を生かしながら、計算資源やAI運用をサービス化する転換点でもある。装置販売にとどまらず、クラウド基盤の提供や共同運用モデルを広げれば、周期の荒いハード依存から脱しやすい。高負荷計算を握ることが、次の収益の柱を形づくるとみられる。
NVIDIAとの連携が映す地図、そして次の一手
2025年5月19日には、NVIDIAと連携して台湾に次世代のAIファクトリー型スーパーコンピューティング拠点を構築する計画を公表している。自社子会社のクラウド体制を含め、最新のBlackwell世代インフラを取り込み、「三つのスマートプラットフォーム」を加速させると打ち出した。今回の投資は、その延長線上にあると受け止められる。
さらに10月中旬には、AIファクトリーの電源アーキテクチャを800V級へ刷新する構想も示しており、高密度計算の電力効率を押し上げる布石を打った格好だ。消費電力と運用コストの壁を越えるための工学的な工夫が、投資の質を左右する。装置調達にとどまらない全体設計が勝敗を分ける局面である。
一部報道によれば、8月にはソフトバンクグループと米国でAIデータセンター関連設備の製造を進める方針も伝えられた。北米・台湾を結ぶ供給網を強めれば、顧客の立地選好にも応えやすい。ただし、個別の投資先や時期の詳細は示されておらず、実行の進度と装置の内訳が今後の焦点になるとみられる。
