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ハノイの早朝、独立８０周年を祝う大通りに若者の列が伸びた。彼らが待ちわびていたのは自国軍だけではない。整然と歩調をそろえる中国軍の行進を「一目見たい」という期待が、夜明け前の空気を震わせていた。米中の摩擦が濃くなるなか、ベトナムの街角では対中観の温度がわずかに動いている。世論の揺れは、政府が国境に近い地域での大型投資や交通インフラを進める余地を広げ、両国関係の地図を静かに書き換えつつあると映る。
若者が見つめた行進、街角に漂う現実感
９月のハノイでは、人だかりの最前列に並んだ若者たちがスマートフォンを掲げ、規律の美学に歓声を上げた。かつて侵攻と国境紛争の記憶が重くのしかかった相手であっても、目の前のスペクタクルは新鮮に映る。映像はソーシャルメディアで拡散し、コメント欄には「動きがぴったり合っていてすごい」といった感嘆が重なった。そこにあるのは、敵味方の単純な二分法ではなく、演出とスピード感に惹かれる今的な視線である。
一方で、市民の誇りは揺らいでいない。「やはり一番はベトナム兵だ」という声も同じ列から聞こえる。敬意と距離感が同居する複雑な感情だ。南シナ海をめぐる緊張は続き、地図表記や映画の描写をきっかけに短期的な反発が噴き上がる場面もある。ただ、抗議が長期化しにくいのも現実で、２０１８年の大規模デモを知る世代からは「街の空気は変わった」との実感が漏れる。生活と成長を優先する空気が、市民の選択を包み込んでいるように見える。
現時点で確認されている範囲では、こうしたムードの変化は文化やエンタメへの関心の高まりと重なる。ダンスのシンクロや都市の夜景を切り取った短尺動画が、国境を越えて日常に滑り込む。アルゴリズムの向こう側で生まれる関心が、政治的な立場表明よりも先に心の表層を撫でていく。冷たい統計に換算しづらいが、街に立てば確かに漂う温度差である。
世論調査に映る「選ぶなら」の逡巡
地域全体の世論は揺れている。東南アジアの有力調査では、２０２５年初めの時点で「どちらか一方を選ぶなら」という仮定の問いに対し、米国に軍配を上げる回答が中国を上回った。中国は依然として経済面・安全保障面で最も影響力の大きい存在と見られているが、影響力の拡大には不安も伴うというのが平均的な見立てだ。日本は「信頼できる大国」として根強い評価を維持している。
ベトナムに限っても、経済や安全保障をめぐる現実主義が色濃い。対米の供給網や投資誘致を頼みつつ、対中では地理と市場の近接を生かして裾野を広げる。米中のはざまで「選ばないための選択」を続ける構図だ。調査は地域の平均像を示すにとどまるが、南シナ海の圧力や関税の応酬が強まる局面では、回答の振れ幅が拡大する傾向も読み取れるとみられる。政策現場の逡巡は、日々のアンケート結果に小さく刻まれている。
こうした数字は一瞬のスナップショットにすぎないが、街角の実感と重ねると輪郭が見えてくる。行進に目を奪われる若者たち、短尺動画に集まる称賛、そして依然続く領有権問題の刺々しさ。相反するピースが一枚のパズルに収まるとき、国家が取るべき針路は「どちらにも寄り過ぎない」微妙な均衡になる。世論の追い風が吹けば、政府はインフラや投資をもう一歩押し出し、逆風なら一歩引く。そんな微調整の連続である。
経済の計算とＳＮＳの波が政策を押し出す
ベトナム経済が減速感を抱える局面では、雇用と輸出の確保が最優先になる。サプライチェーンの再編で米国市場の重要性は増すが、部材や中間財の供給では中国の比重が高い。政府が国境沿いの物流拠点や高速鉄道、経済特区に言及するたび、地理の論理と世論の許容度が計算される。２０１８年に炎上した構想でも、いまは説明の積み重ね次第で静かに進む余地が出てきたとみられる。反発を避ける術を、行政も企業も学びつつある。
ＳＮＳの影響は無視できない。若年層が日々触れるのは、練度の高いパフォーマンスや都市の速度感だ。それは政治的忠誠ではなく、生活感覚に近い。アルゴリズムが推す「かっこよさ」への共感が、隣国への警戒心を薄めるわけではないが、尖った言葉を和らげる緩衝材にはなる。オンラインで反発が燃え上がる瞬間はなおあるものの、冷めるのも速い。ネットの波形が、抗議の持続性と政策の歩幅を左右している構図が浮かぶ。
他方、指導者どうしの往来や会談は頻度を増し、理念より実利を重ねる段階に入った。地域の調査でも、雇用不安や不況、そして海洋圧力の高まりが主要な懸念として並ぶ。だからこそ国民が望むのは「リスクを分散し、機会を逃さない」現実策だ。行進の足並みが揃うほどに、政策の歩幅も揃うとは限らない。それでも街の期待は、生活を少しでも良くする投資と仕事に向いている。ベトナムの選択は、その期待にどれだけ応えられるかで測られていく。
